北森 鴻 『花の下にて春死なむ』

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民俗学や骨董といったマニアな世界から、一転ビアバーという日常的な場所を舞台にした本書。

蓮杖那智シリーズや狐シリーズとはまた違った新しい北森鴻の魅力を知ることができました。

ビアバー「香菜里屋」に集まる様々な人々、彼らが持ち寄った謎をマスターの工藤がさりげなく解き明かす。

アルコール度数の違う4種類のピルスナービールと美味しい肴を堪能しながら、ちょっとほろ苦い人生の断片が明らかにされていきます。

工藤というマスターがとても味のあるおじさまです。(以下本文より)

ワインレッドのエプロンに精緻なヨークシャーテリアの刺繍がある。工藤自身はと言えばちょうど、ヨークシャーテリアがなにかの間違いで人間になってしまったような風貌。落語の『元犬』ではないが、
ヘェ、今朝ほど人になりやした。
と真顔でいいそうな、人なつこい表情をいつも浮かべている。 

しかし、こんなコミカルな描写をされながらどうして鋭い観察眼や記憶力で常連の度肝をぬいたりもしています。
カウンターの内側で自分専用のビールグラスを舐めながら、静かに謎を解き明かしていく。

推理小説のジャンルに入る作品なのでしょう。謎解きの過程もかなりフェアなやりかたであります。
しかし、この路地裏の突き当たりにぼんやり灯る提灯「香菜里屋」に足を踏み入れると、人は不思議な異次元の世界、マスターに化かされるような不可思議な世界に連れていかれるような、そんな気分にさせられます。

民話にでてくる不思議な一軒家。美味しい料理とお酒をふるまわれて、気持ちよく帰ると、もうそこには家はなく住んでる人も知らない人ばかり。

なんて、最後は私が勝手に創造した話ですので、信じちゃだめですよ(笑)
とにかく、面白くてしみじみと哀しく、美味しい思いもできる秀作短編集でした。