恩田陸 『ユージニア』

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なんとも恩田陸らしさの詰ったアンチミステリである。

小説の形式もインタビューあり、第3者視点の作中作あり、謎めいたプロローグの詩ありと、大変凝った造りになっている。
造りといえば、造本もまたこの作品を見事に表した優れたものだ。1度傾けて印刷された文章。祖父江慎氏によるブックデザインは「壊れかかった不安定な本」というコンセプトで造られたそうである。この謎だらけの終わらないミステリにぴったりではないだろうか。

いつも語られる「恩田陸のミステリの不完全さ」であるが、この作品に限っていえば、その投げ出されたような幕切れや、いくつもの解決されない謎がかえって余韻を残し、読者の心に長く響き続ける。
「ユージニア」というミシェル・ぺトルチアーニの曲からとったタイトルもまた、読者に投げかけられた謎だ。
この本を読んだ後、同じく読み終わった人に向けて語りたくなる、そんな不思議なもやもやしたものを残す物語だった。
もちろん、「ミステリなのにすっきりしない」「え?ここで終わっちゃうの?」という不満の声があがることは、恩田さん自身も予想しながら書いていたようで、インタビューの中で「ラストはこれで終わっていいのかなってすごく迷いました。」と仰っている。私も最初読んだときは、ラストで「んんん?」となりましたからね(笑)

それでも、この作品にはとてつもなく惹きつけられる。
その魅力と、様々な謎について、ネタバレなしで語ることは難しい。作者が仕掛けた様々な謎掛けがちりばめられ、事件にかかわった人たちのインタビュー、独白が時制もばらばらに語られる。
だからこそ、読み込むと、スルリと帯が解けるように謎が明らかになったり、さらに深まったりするのが醍醐味なのだ。

ミステリらしいミステリは書きたくないのか、「ユージニア」の事件はまるで現実に起こった犯罪のような、すっきりしない幕切れを迎える。犯人はあがっても、動機は不明、「もしかしたら共犯者がいたのかも知れない」とか、「共犯こそが黒幕だったかも」とか。最後まで疑惑は疑惑のまま。

仄めかされる影の存在。
事件なのか事故なのか、最後まで明らかにされない数々の死。

今回、幾度となく読み返しながら、この作品にどっぷり嵌ってしまった。
完成度は高いとはいえないが、作者の目的はそこではない。作者が目指したのはミステリの謎解きではなく、謎そのものを描くことだったのではないか。
一つの事件の陰に潜んでいる様々な思い。関わった人、それぞれの思惑。殺人事件が起きるまでに幾つの希望が費え、幾つの憎しみが産まれ出たのか。
事実は一人の人間が一面から見た事象でしかない。
事象の積み重ねからは真実が明らかになることはない。

「ユージニア」という不完全な書物は、光を反射するプリズムのように、屈折し乱反射する真実の断片を投げかけている。