ウンベルト・エーコ 『薔薇の名前』

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1327年、教皇ヨハネス22世時代の北イタリアのカトリック修道院を舞台に起きる怪事件の謎をフランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムと若きベネディクト会修練士メルクのアドソが解き明かしていく。

20世紀最高のミステリの一つと呼ばれながら、挫折率も高い(笑)と評判の「薔薇の名前」。出版された当時、ベストセラーになりその流れで、もれなく私も読んでみたのですが難解であり複雑な中世の政治、宗教の状況も詳しく書かれている部分は、読みにくく登場人物の名前の覚えにくさもあり、かなり苦戦した記憶があります。いや、本筋は面白かったのですよ。

今回は再読になりますが、(言わなくてもおわかりでしょうが)すっかり内容を忘れ、かろうじて犯人と動機(のバカバカしさ)だけは記憶にあるという体たらくでした^^;
で、読み返しながら思ったのは、「あれ?こんなに読みやすかったっけ」ということ。
理由の一つは、中世14世紀の状況を超簡単にwikiで調べられるところ(笑)
いや、これ笑い事じゃなくて、ホントに役にたってくれたんです。
もし、挑戦される方、再挑戦しようと思う方がいらしたら、是非wikiを参照しながら読むとぐんと理解が深く早くなります^^。
とはいえ、中世のカトリックの僧院が舞台であり、宗教的教義、カトリックの基本知識がないとかなりキツイかもしれません。

でも、基本、この小説はホームズものと「神曲」のパスティーシュとして捉えれば、なかなか複雑かつスリリングなミステリなのです。
主人公は50歳くらいのフランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムと若きベネディクト会修練士メルクのアドソです。もちろんウィリアムはホームズ、記録を書いているアドソはワトスンの役。
また、ウィリアムがヴェルギリウスでアドソがダンテという見方もあるようです。が、残念ながら「神曲」は未読です。

薔薇の名前」はこのアドソが歳をとり病床にて、嘗て体験した「ある僧院」での7日間の驚嘆すべき事件について回想し書きつづっているという体裁をとっています。

この2人がある会談の立会いを勤めることとなり、山上の「ある僧院」に辿り着くところから物語は始まります。
ベネディクト派のこの僧院、長々と描き出される聖堂や僧房、文書館の描写などは、大変興味深く、裏表紙の僧院平面図なども想像をかき立てられます。「異形の建物」の内部などは、これぞ本格推理のけれんに満ちています。古今東西ギリシャ、アラビアなどの文書をおさめた迷宮図書館、というだけでもうご飯3杯いけませんか?

この僧院は祈りと労働を基本にしながら、この文書館の存在もあり、知の集積と保存を目的の一つとして創設されました。しかしながら、その中には異教徒の著書もあり、異端審問の時代、外部には閉鎖された図書館でもあったのです。
この文書館は内部が迷路になっていて代々の館長とその補佐だけが、ここに足を踏み入れることができるのです。
文書館という僧院の中心でありながら秘匿された存在。これがこのミステリの核になってます。

また、この作品に中に登場する、実在の人物や、実在した人物をモデルにしたと思われる人物もまた、魅力の一つです。
ホームズ役のウィリアムも、当時の思想家オッカムのウィリアムロジャー・ベーコンをもモデルにしたと思われます。このウィリアム、かっこいいんですよね(笑)
すらっと背が高く、痩身で、眼光は鋭く、鷲鼻にはめがねを乗せています。
現代的な思想を持ち、冒頭のシーンではまるでホームズのような推理を披露してくれます。
また、ホルヘ・ダ・ブルゴスとういう盲目の老修道士は、「迷宮図書館」をテーマに書いたアルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスがモデルではないかと思われます。
実在の人物は異端審問士のベルナール・ギー、聖霊派の修道士ウベルティーノ・ダ・カサーレがいます。
彼らも、重要な役どころを得て、複雑な物語を進めていきます。
実在ではないけれど、バベルの言葉を語る癲狂の僧サルヴァトーレや、不幸な運命に落ちた村の娘、猜疑と詭弁の人ベルナール・ギーなど、印象的な登場人物が出てきて飽きません。

さて、事件は連続殺人の様相を呈していきます。
異形の建物の塔から落ちて死んだアデルモという若い修道士。彼の死が最初の事件となり、ウィリアムは修道院長から事件の真相究明を依頼されます。
しかし、その後もブタの血の桶から、風呂桶から死体が見つかったり、犯行は続き、だんだん僧院は疑心暗鬼のなかに沈んでいきます。
僧院の隠された恥部、男色や、娼婦を招きいれ密かに女衒のようなことをする輩などが明らかになっていきます。
もちろん本格ミステリとして書かれたわけではないので、フェア、アンフェアを問うのは無意味ですが、ミステリとして読んでも、面白くスリリングな展開になっています。まあ、最初に書いたように、ちょっとバカミスが入ってますが^^;;

このいわゆるミステリ的な部分とともに、複層的に語られるのは、アドソが問いかけウィリアムが回答する形式の神学理論、哲学論議があります。知識や書物に関する話題もあり、この小説の読みどころともいえるでしょう。
「一場の夢は一巻の書物なのだ。そして書物の多くは夢にほかならない。」
「そのときまで書物はみな、人間のことであれ神のことであれ、書物の外にある事柄について語るものとばかり思っていた。それがいまや、書物は書物についても語る場合の珍しくないことが、それどころか書物同士で語り合っているみたいなことが、私にもわかった。」
これなどは「薔薇の名前」が書物の書物と言われるのがわかります。
またウィリアムが
「・・・・何であれ、純粋というものはいつでもわたしに恐怖を覚えさせる」と言い、アドソが
「純粋さのなかでも何が、とりわけあなたに恐怖を抱かせるのですか?」と問うと
「性急な点だ」と答える場面は心に残りました。
今回再読してよかったのはこの場面に出会えたことです。



中世の勢力図、教皇神聖ローマ皇帝や、キリスト教のドグマ「清貧論争」「異端論議」など、ややこしい部分はwikiで(笑)ざっと知識を仕入れれば、延々と続く神学論争は読み飛ばしでもOKです^^;;
長い、訳分からないで読まず嫌いはもったいない。
長い長い2巻ですが、中世の修道院にまぎれこんだようなそんな経験をさせてくれました。
エーコの処女小説、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょう?