竹本健治 『ウロボロスの偽書』

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内容(「BOOK」データベースより)
竹本健治が連載を始めた本格推理に、いつのまにか埼玉で起こった女性連続殺人事件の、犯人を名乗る男の手記がまぎれこんでいた!現実と虚構の境界線はあいまいになり、事件は思わぬ展開に。私たちが暮らすこの世界もどこからどこまでが現実なのか、次第にあやふやになってくる、奇々怪々な超ミステリ。


いや、おかしい、おかしい。

こんな人を喰ったミステリは初めてだ。


3つの物語によって紡がれるこの作品。

一つは作者、竹本健治が書いたミステリ「トリック芸者シリーズ」。
そしてもう一つは、作者の日常がお気楽な調子で語られる日常編。
三つ目は、作者の書いているミステリの原稿(ワープロ)にそっと忍び込んでくる、殺人鬼の手記。

この三つが交互に語られるメタ・ミステリだ。



まずは殺人鬼の手記で始まる。
そこには自分こそが埼玉で起こった連続女性殺人事件の犯人であると書かれ、犯行の細部が犯人の視点から語られる。
竹本は「近頃記憶が衰えて、原稿のなかに書いた覚えのない部分があるんだよな。」なんてあっさり言っているが・・・。
これってかなり重大事件ではないのか?(笑)

そして、そのミステリ「トリック芸者」のほうはというと、これが楽しいのだ。
おき屋「志ら小屋」の芸者たち、まり数、舞づる、力丸、猪口奴、そして酉つ九。
この個性的な芸者さんが、にぎやかにお座敷をつとめていると、そこで、怖ろしい殺人事件が起きる。
事件のたびに、矢崎という渋いナイスミドルのお客が推理をして犯人を当てるというストーリー。
この明るくよくしゃべる芸者さんたちと、ちょっと陰のある魅力的な主人公、酉つ九が、この「ウロボロス」の一番美味しいところ。

以下内容に触れるので、未読の方は読まないほうがいいかも^^;
だって、ネタばれなしでこの作品を語るなんて不可能なんです。















面白いのは、日常編(これが一応現実という設定になっている)に、フィクションであったはずの芸者たちがゾロゾロ登場し、さらに酉つ九にいたっては「ウロボロス偽書」というタイトルのミステリを書いているらしい、という入れ子構造のような手法。

さらに、ミステリマニアの竹本の友人たち(綾辻行人島田荘司、乾、巽etc)など実在の作家たちが実名でミステリの中に閉じ込められている。
彼らは、それぞれ怪しい行動をとったり、失踪したりして、作家の持つイメージから遠ざかっていく。

この作品は、現実とフィクションの壁が崩れはじめ、虚構の中の殺人と現実の殺人が入り混じり融合していく、なんとも不可思議な円環をつくっている。
竹本が書いたミステリは次第に 虫食いだらけになり、穴だらけにされ、虚無の中に落ちていてしまう。

その虚無の中にぽっかりと浮かぶ酉つ九のきめ台詞「そこはそれ」。


竹本とその仲間の構成する現実に、虚構のミステリが混ざりこむ。
気心の知れた友人たちにも変化がおき、バランスは崩れ、指の間を砂が落ちるように失われていく。
殺人、失踪、自殺。
しかしながら、作品世界の奇妙な明るさはそのままで、読者はめまぐるしく変化し軽やかに疾走する謎にふりまわされる。
複雑で謎めいた世界にこれでもかと詰め込まれる、高等数学、囲碁、格闘技トリビア、双子にふたなりの謎、謎、謎・・・・。























永遠を表象する「ウロボロス」のように、ミステリがミステリを食いつくし、吐き出しているような、これまた奇書の名を冠したくなるような、幻惑されるミステリだ。
ラストの登場人物総覧のような光景は、最近のミステリにない、忘れがたいエンディングだった。

分類不能、めまい確実、しかし無類に楽しい、曰く言いがたい作品である。
ああ、お腹いっぱい。ご馳走様でした(笑)