小泉喜美子 『メイン・ディッシュはミステリー』

洗練されてなくちゃミステリーとはいえない!という信念のもとに、謎解き、ハードボイルド、警察物、スパイ物などあらゆるジャンルから選び抜いた”これぞミステリー”。
創作、翻訳、評論・・・とマルチに活躍する著者が、独断と薀蓄と目配りをほどよくブレンドさせながら、海外ミステリーの世界をガイドします。
入門者からマニアまで満足させる、ミステリー・グルメの美味求心。(裏表紙より)


こんなに面白い海外ミステリー・ガイドは「100冊の徹夜本」以来です。
著者・小泉喜美子氏は翻訳家でありミステリ作家でもある才媛です。その江戸っ子らしい歯切れのいい語り口と、ミステリにかける愛情からくる熱血解説は、読んでいてにやっとしたり、ウンウン頷いたり。ミステリ初心者から上級者まで、どんな方でも楽しめる洒落た1冊です。

残念ながら新刊書店には置いてないと思います。1984年刊行の新潮文庫です。


古本屋で手に取ったこの本。パラパラと目次を見た瞬間、購入を即決いたしました^^;
それがこれ↓

・殺人をテーマに好んで扱うジャンルだけに、
 ミステリーは美しく、洗練されていなければならない。

・知的な快感を味わうことこそ、
 謎解き本格ミステリーの醍醐味だ。

・B・ハリディの『死刑前夜』という作品は、
 書きかたそのものが素晴しいトリックだった。

・フランス・ミステリーには耽美的な文体と、
 凝ったトリックの秀作が多い。

・やっとミステリーがご馳走になってきたのだから、
 泥臭くて良いわけがないのである。

・私の書いているものこそ文学だと、
 ハードボイルド作家チャンドラーは公言した。

・外国物の新作を読みながら、
 ミステリーは小味なのがいっとう良いと私はあらためて考えた。

どうです!
この目次を見ただけで、ミステリーへの華麗で洒落た扉が開いて手招きしているのがわかろうというものです。

内容はさらに楽しくなっていきます。
小泉さんのミステリへの愛ゆえか、世間で言われている「ミステリー小説」の扱いがどうにも我慢できないようで、
「ミステリーなどというものは中学生のときに読めばたくさんです」という教師の言葉、
「ミステリーを書くくらいなら死んだほうがましだ」とうそぶいた純文学作家の話、
「ミステリーは中学時代は夢中になったが、今はもう卒業し・・・」という大真面目な大学生の手紙
これらに対して
「ミステリーとはもっとも洗練された小説の1形態だ」と反論しながら、ミステリーという深くてとらえどころのないジャンルを丁寧に考察していくのです。


本格謎解きミステリーの魅力についても、
「人間わざとは思えぬほど奇怪な犯罪の謎を名探偵が明快に解きほぐして行く過程の一種の”知的な
快感”とも言うべきものにあり」
「謎やトリックの面白さはむろんだが、作品を飾るペダントリーやディレッタンティズムの華麗さに酔うのが「謎解き中心もの」の大きなたのしみの一つ」
と語るのです。
そして、優れたミステリーを本当に味わいつくすには、書く方にも読むほうにも、それなりの教養が備わってなければならない、と耳の痛いお言葉も出てきます。

この本格もの談義から、著者は大いなるミステリーの海原に船を進め、ハードボイルド、クライム・ストーリー、奇妙な味のミステリ、ユーモア・ミステリへと漕ぎ出します。
広く深い知識と、熱血解説に夢中になって読むうちに、古今の名作ミステリが華麗に語られていきます。ああ、これもあれも読んでない!
歯切れのいい語り口は爽快で、明晰。
こんな紹介されちゃったら、あれもこれも読みたくてたまらなくなります。
著者自身の好みがストレートに出ているところなど、この本が読者の心を捉えるポイントでしょう。
万人向けの解説ならアンケートや投票のほうが信頼できます。でも、セレクトする人の人柄まで絡んでくる個性的で読ませるガイドとなれば、小泉さんが人生かけて選んでくれたミステリたちを読んでみたいと思わずにはいられません。

さらにさらに、ここで紹介される海外ミステリの中には、今ではあまり読まれていないにもかかわらず、名作の誉れ高い作品も入っており、それらを見つけて読んでみるのも、またミステリオタクのおたのしみでしょう。

いろいろなミステリの引用もまた素晴しい。
この本を読まなかったら、ハードボイルドの素敵な文章も知らずに来てしまったかも知れません。
苦手とか言ってましたが、これは素通りするには惜しい、魅力的すぎる文章の数々でありました。
気になる方は、是非読んでみてください。
アマゾンのマーケット・プレイスで1円から出品されてます^^;