恒川光太郎 『草祭』

イメージ 1

内容(「BOOK」データベースより)
団地の奥から用水路をたどると、そこは見たこともない野原だった。「美奥」の町のどこかでは、異界への扉がひっそりと開く―。消えたクラスメイトを探す雄也、衝撃的な過去から逃げる加奈江…異界に触れた人びとの記憶に、奇蹟の物語が刻まれる。圧倒的なファンタジー性で魅了する鬼才、恒川光太郎の最高到達点。 

デビュー以来、一貫して幻想的で懐かしく、民話のような美しい物語を紡ぎだしてきた作者。
この1冊は、その作風が完結した一つの象徴的作品となるでしょう。

「美奥」というどこか懐かしい街を舞台に不思議で残酷な物語が語られます。
その中には、けものに変化する少年や、守り神になる少女や、不可思議なゲームにのめりこむ少女が描かれます。
5つの短編はみな、どこかで「美奥」に繋がっていきます。
昔、日本のどこかにあったような懐かしい街。ほの暗い水路が流れ、丘の上には洋館が立ち、猥雑な界隈は旅人が彷徨う迷路のような建物がひしめく。
異界へと続く裂け目が、ふっと人を飲み込んでしまう不思議の街。

読んでいて、美奥の野原を吹き渡る風や、夜の街、屋根を飛び移る猩猩の影がリアルに浮かびます。さらに扉絵を描いた影山徹さんの作品が素晴しい。「美奥」に迷い込んだ気持ちにさせられる素敵表紙です。
相変わらず、イメージの豊かさには惚れ惚れする恒川ワールドですが、この本でも、妙にツボに入る表現がいろいろありました。
「オロチバナ」「のらぬら」「屋根猩猩」。
「夜市」でも「学校蝙蝠」「永久放浪者」といった印象的な言葉が魅力でした。

ところで、ここまで3冊恒川作品を読んできて、この雰囲気はどこかで読んだような気がするな、と咽喉まで出てきて出てこない、という感覚に悩まされてきたのですが。
やっとわかりました。
アイルランドの民話です。
民話自体は、ちゃんと読んだことがないので、なんとも言えないのですが、ケルト神話を元にした幻想小説といえばアーサー・マッケン「夢の丘」やピーター・トレメインの「アイルランド幻想」などがあります。
恒川ファンであれば、こちらもかなり楽しめると思います。


けものはら

禁じられた土地。禁忌である○○殺し。人からけものへの変容。
黄泉の食べ物を食べてしまったイザナミの神話を思い出させられるストーリー。

屋根猩猩

イジメを受けてもどこか漂々とした主人公。
街の守り神である少年と出会い、不思議な家に連れていかれる。
屋根を伝っていくことしかできない家。ふわりと飛び去っていく猿のイメージが面白い。

くさのゆめがたり

「美奥」の成り立ちが神話ふうに語られる。
毒薬である「クサナギ」は、全編を通して変容のシンボルとして出てくる。

天化の宿

不思議なゲーム「天化」。
苦しみを解き放つ「クトク」をするため、花札とルーレットを合わせたような複雑なゲームをさせられる主人公。しかし、その7局目には恐ろしいことが起こる。

朝の朧町

「美奥」のある一面が解き明かされる作品。いままでの4編のイメージが、この作品にまとめられたような印象。5歳になる娘愛。彼女ははたして本当の人間だったのか。「クサナギ」で変化した猫だったりして・・・。

以上5編

追記:タイトルについて

「草祭」というタイトル、草は「オロチバナ」から作る秘薬「クサナギ」のことでしょう。
全編にわたって、不思議な飲み物が登場するので。
「祭」はチルネコさんのところで読みましたが、「祭る」という意味で「神としてあがめ、一定の場所に鎮め奉る。」という意味がしっくりくると思います。