貴志祐介 『新世界より』

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上下2巻で1000ページを超える作品だが、ページをめくる手を止めることが出来ない面白さだった。長編にありがちな中だるみもほとんどなく、この奇妙でダークな新世界を巡る少年少女たちの冒険に引きずり込まれていった。

物質文明が滅んだ千年後の世界。人類はほんの僅か生き残り、小さな集落が広い日本列島に数箇所あるだけとなってしまった。
しかし、人類は「呪力」という超能力を得て、平和で貨幣経済もないユートピアにも似た共同体を作っていた。殺人、戦争といった同胞の生命を奪う行為は、心の奥深くにある抑制機能により禁忌とされ、無理に行う者は自らの心臓が停止する。

しかし、新世界は管理教育、情報操作、洗脳、そして歴史の隠蔽、改ざんといった闇の部分ももっていた。世界を維持するには、真実は隠されなければならなかった。図書の分類と検閲。新世界に生きる人々、特に子供達は徹底した管理のもとに置かれていた。

早季、覚、瞬、真理亜、守の5人の子供達は、夏のキャンプのさいに偶然その秘密の一端を知ることになる。そこには怖ろしい事実が隠されていた。

世界の秘密の全貌はしかし、なかなか明らかにはならなかったが、戦慄を覚えるほどの謎の輪郭がじわじわと読者に迫ってくる。なにか腐臭を放つものがどこかに隠されているような、そんな感じを受けながら貴志祐介の描く「新世界」の謎に魅せられて物語の中にどんどん入り込んでしまった。


醜い奴隷として使役されるバケネズミ。

自爆して敵を倒す風船犬。

自走式図書館のミノシロモドキ。

そして、呪力を暴走させる悪鬼と業魔。


なんという世界だろう。

貴志祐介の脳髄から産み落とされたこの新世界は、悪と秘密と汚濁、そして謎に満ちている。

主人公の早季と覚が、バケネズミの巣から脱出するため暗闇と悪臭とおぞましい生物のなかを走り抜けるシーン。
人類を破滅から救うために旧世界の東京の地下を下る胎内巡り。

ファンタジーと呼ぶにはあまりに生生しく、不気味に息づく奇形なモンスターに満ちている。


蛇足であるが「新世界より」が産み出した傑作キャラがある。

バケネズミの野狐丸と奇狼丸。
この二人は第2の主人公である。
舌先三寸、嘘と姦計と悪企みが歩いてるような野狐丸。
古武士のようで、残酷、熾烈な戦士の奇狼丸。

どちらも醜くいが、活き活きと描かれ、この作品の際立った個性を担ったキャラクターである。

そしてなんともすっとぼけた自走式図書館のミノシロモドキ。
緊迫した展開のなか、唯一の癒しキャラ(?!)かもしれない(笑)



不思議と恐怖とミステリーをたっぷり堪能させてくれる作品だった。
長さにしり込みせずに、一読してほしい。