ジョセフィン・ティ 『時の娘』

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時間もののSFのようなタイトルですが、れっきとした歴史ミステリです。
しかも、アームチェアディテクティブ(安楽椅子探偵)。

主人公のグラント警部は、犯人追跡のさいにマンホールに転落して骨折。ベッドに縛り付けられ無聊をかこつ日々を送っていました。
身動きできないグラントは、2人の看護婦がいいように扱われ、この状況に心底うんざりしていました。
彼のところに来るお見舞いの本といえば、甘ったるい恋愛小説、悲惨な労働を描いたプロレタリアート文学、ツッコミをいれまくりながら読む探偵もの等等・・・。

そんなある日、親しい美人女優がたまたま持ち込んだ1枚の肖像画の写真が、彼をこの知的興奮に満ちた歴史への推理に駆り立てていくのです。

それは、大いなる悲しみを味わい、障害を負った人特有の顔立ちでした。知性であり法廷に立たせれば裁判官の席が似合うような男の肖像。
彼こそは、英国の歴史上最も非道な王、リチャードⅢ世だったのです。王位を守るため、まだ幼い甥2人をロンドン塔から連れ去り殺害したと言われています。
しかし、刑事として長年人の顔を観察し、その直感を養ってきたグラントには肖像画の主が、犯罪人には見えなかったのです。欲望のため、権力のために非道な犯罪を犯す人物を、飽きるほど見てきた刑事の直感が、この安楽椅子探偵の知的旅立ちにグラントを誘います。



久し振りに知的興奮を味わうことができました。
そして、薔薇戦争という、世にもややこしい歴史の1時代のエピソードを、楽しく読むことができました。中学高校のころに習って以来、すっかり忘れ去ってしまったイングランドの歴史。そんな私でも、しっかり楽しめたのは、作者の着実な筆が、一つ一つ事実を掘り起しながら、リチャード3世悪人説をくつがえしていくからでしょう。

誰が書き残したのか、その場にいたのは誰なのか?
伝聞や噂を排除し、当事者たちの行動を緻密に調べていく過程は、スリリングでした。

歴史の常識がいかに頼りない証拠の上に成り立っていったのか、「古事記」「日本書紀」を引き合いにださずとも、時の権力者が都合の悪いことは隠し、捏造も辞さずに作り上げたものの不確かさが、徐々にあらわになっていきます。
リチャード3世の名誉回復、そして2人の少年を殺害した真犯人の追及。
ここで、助っ人も登場です。
ベッドの上に寝たままのグラントの助手となって、アメリカ人青年が活躍します。
彼とグラントの掛け合いも楽しく、爽やかな青年に好感でした^^。

タイトルの「時の娘」とは真実、真理をあらわすそうです。
「真実は時の娘である。今日は隠されているかもしれないが、時間の経過によって明らかにされる(明らかになる)」
という意味があるそうです(Wikipedia情報^^;)

しっかし、古のイングランド王家は、なんで「リチャード」とか「エドワード」とか「エリザベス」なんていう同じ名前を何人も名乗るのでしょうね。
いとこやはとこ、おじさん、おばさんにこんなに同名の人がごろごろいたら、ややこしくてかなわなかったのでは、と余計なおせっかいを焼いてしまいます。