篠田節子 『夏の災厄』

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内容(「BOOK」データベースより)
東京郊外のニュータウンに突如発生した奇病は、日本脳炎と診断された。撲滅されたはずの伝染病が今頃なぜ?感染防止と原因究明に奔走する市の保健センター職員たちを悩ます硬直した行政システム、露呈する現代生活の脆さ。その間も、ウイルスは町を蝕み続ける。世紀末の危機管理を問うパニック小説の傑作。 

バイオハザードのパニックものといえば大好物のジャンルだが、本書はその中でも上位の面白さだった。

春先に発生した病気は地域を限定して除除に広まっていった。
感染症、もしかすると新種の病気かもしれない。
現場の保健婦や個人病院の医師が、まず気付いた。しかし、彼らのような組織の末端ににいる者達では、県や厚生省を動かすことはできない。

行政組織の硬直した対応や、無責任に端を発する危機感の欠如が、積極的な調査を行えなくしていく。
そして、手をこまねいているうちに、郊外のニュータウンにその病気は深く静かに広がっていった。



篠田節子の作品はいろいろな賞をとったりミステリランキングで上位をしめたりして知ってはいた。しかし、今回はじめて読んでみて食わず嫌いをしていてもったいなかった、と思った。
際立った主人公を設定しない作品なのに、感染症の広がりやお役所の無為無策にイライラしたりハラハラしながら、ページをめくる手が止まらなくなってしまった。


製薬会社、学者、厚生省。
官と民の癒着だの、権威主義の審査だの、いかにもありそうな役所の論理や、産業廃棄物の取り扱いなど、身近な脅威として迫ってくる。


感染症は医学の進歩によっておおかた駆逐された病気と思われ、ワクチンの接種も今では病気のリスクより副作用のリスクが喧伝されているくらいだ。
伝染病という言葉は昔のように怖れをもって使われなくなっている。
この作品は、そんな日本の現状をリアルに下敷きにして、新種のウィルスによる感染症が広まっていく過程を緻密に構築していく。

ワクチンの接種を否定する医師、鵜川。
ワクチン接種推進の急先鋒である大病院の医者。

どちらの立場にも組しない作者のスタンスは、正義の味方を安易に作り上げることなく、平等に描いていく。
もちろん、良心的な医師や職務に熱心な役人も出てくるが、彼らも彼らなりのしがらみに縛られている。

ヒーロー不在のパニック小説を書きたかった、とは作者の弁である。


アカとそしられ、予防接種反対の立場の町医者、鵜川。
保健所の事務職員である、小心者の小西。
ベテランの保健婦、房代。
ヒモ同然の暮らしをしているアルバイトの青柳。

彼らの活躍もまた、ヒーローではなく組織に所属しながら、自分にできる精一杯のことを大胆に、また、おそるおそるといった感じで行動していく。
そして、彼らの自分の手の届く範囲のところで奮闘していく姿、そして、その行動が導く結果がだんだんと集結していくさまは見事である。

パニック小説ではあるが、SFではない。
荒唐無稽な物語に手に汗握るのも楽しいが、このように一つ一つ、緻密に積み上げられた事実に添って語られる物語も、また心を揺さぶられるものである。


追記:りぼんさんの紹介で面白い本を読むことができました。ありがとうございました^^。