恩田陸 『酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記』~七人の作家への記事~

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出版社 / 著者からの内容紹介

初のエッセイ集。
イギリスとアイルランドにはとても行きたい。だが、飛行機には乗りたくない。
いよいよ迫ってきた搭乗時間に、廊下を歩いていった私はそこで完全に立ち止まってしまった。そこには、大きな窓があった。そして、その外には、大量のあの乗り物が蠢いていたのである。ひえー、あんなにいっぱいあの乗り物がっ。信じられないっ。オーマイガッ。空港なんだから当たり前だが、博多でも羽田でもこんなに沢山の飛行機を見たことはなかったのだ。さーっと全身から血が引いて、抜けた。私は完全に思考停止に陥った。<本文より> 

2003年9月に恩田氏が初めての海外旅行を行ったさいの紀行文です。
恩田氏の紀行文、エッセイなど初めて読んだのですが、その素顔の一端でも、垣間見られるのではという期待を抱いて本を開きました。

そして幾度も「さすが、恩田陸」そう呟きながら読んでいました。まるでKGBの「赤いきつね」が「さすが、鉄のクラウス」と呟くように。(「エロイカより愛をこめて」参照)

恩田陸の作品を読み、そのイマジネーションの豊かさ、作風の幅広さ、筆の速さに驚嘆し「一度、頭の中を覗いてみたいものだ」と思ったことがあります。
その点で、このエッセイは一端を垣間見られるものでした。

飛行機恐怖症と戦いながら、ビールを飲みまくり旅を続ける彼女の話し、実は面白いところは旅行の様子ではありませんでした。
私だけかもしれませんが、旅行前にどんな本を持っていこうか、とか、作家や映画監督の飛行機嫌いに言及して、妄想をたくましくするところなど、どうでもいいような、彼女の独白部分が、やたらと面白かったのです。
貴重な読書の時間である移動時間に読むもの、たとえば、普段は読めないような翻訳物のミステリとかを持っていっても、実際その場になると、軽いエッセイなどが面白いとか。
そうそう、分厚い本を持ってきたのに新幹線の中では週刊文春しか読まなかったりしますよね。

車内の音や匂い、車窓の風景など気が散る要素が、実は多かったりするのです。
突然後ろの席であがる子供の奇声や、柿ピーや弁当の匂い、そんなものに急襲されることがよくあるのです。

飛行機の中で、読むスティーブン・キングの小説。
「そういえば、小説家や脚本家、映画監督などは飛行機嫌いが多いなあ。」
そんなことを考えながら、恩田氏の妄想は、飛行機を襲う自然現象から、宇宙人、怪獣、UFOまでとどまるところを知りません。
ナンシー関宮藤官九郎を読みながら、笑いと恐怖の同一性を考えたり。
ブリティッシュ・エアのスチュワーデスを見ると、その堂々たる体躯から「家畜人ヤプー」の白人女性を重ねたり。
まあ、飛行中の恐怖から逃れるための妄想とはいえ、笑いなくしては読めない文章でした。

また、頻繁に出てくる固有名詞、作家、小説、映画その他についての、作者自身による註がまた面白い。

大村 昆→オロナミンC

未来への遺産→白塗りの妖女が世界各地の遺跡に出没するドキュメンタリー
等など・・・。

ソールズベリの大聖堂の写真のキャプションには
「ゴシックすぎて(写真に)入りきりません」とありました。

しかし、アイルランドのくだりになると、さすが恩田陸
ムアと呼ばれる荒野に立ち、さまざまな丘、丘の道、そこを渡る風に触れて、一つのイメージを結んでいきます。

その薄い青色の空に浮かぶのは帆船。それを見上げる男の子。
手紙を書く少女。
それを読む青年。

そんなイメージが彼女の中に残っていきます。
それはやがて書かれるであろう物語、そう彼女は思っています。

私もきっといつか本になって、手に取る日がくるまで、ここに書かれたイメージを心にとめておこう、そんなことを思いました。

エッセイの文章を読んでいて、なんか読んだ事があるような文体でした。
なんと、ブログの皆さんが書かれている文章の雰囲気をだったのです。

とても親しみやすい文章で、寄り添うように読めたことも、けっこう幸福な読書だったなあ、なんて感想を抱いてしまいました。

未読のファンはぜひお薦めです。(といっても、読んでなかったのは私くらいかも^^;)