恩田陸 『チョコレートコスモス』

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出版社 / 著者からの内容紹介
「まだそっち側に行ってはいけない。そっち側に行ったら、二度と引き返せない。」
幼い時から舞台に立ち、多大な人気と評価を手にしている若きベテラン・東響子は、奇妙な焦りと予感に揺れていた。伝説の映画プロデューサー・芹澤泰次郎が芝居を手がける。近々大々的なオーディションが行われるらしい。
そんな噂を耳にしたからだった。同じ頃、旗揚げもしていない無名の学生劇団に、ひとりの少女が入団した。舞台経験などひとつもない彼女だったが、その天才的な演技は、次第に周囲を圧倒してゆく。稀代のストーリーテラー恩田陸が描く、めくるめく情熱のドラマ。
演じる者だけが見ることのできるおそるべき世界が、いま目前にあらわれる!


皆さんはチョコレートコスモスという花をご存知だろうか。

秋の始めに咲くコスモス。可憐な姿、ピンクの花びら。そんなコスモスと同じ種類でありながら、茶褐色の花を咲かせる、花と呼ぶのもふさわしくないような地味な花である。

「茶褐色の小宇宙」

この小説は、そんな茶褐色の花を見つけた恩田陸の眼が、遠くまで見晴るかすようにして書き上げた小宇宙(演劇)の話である。

舞台、劇場。
芝居をかけるために存在する空間。そして、そこに現れ演技する俳優たち。
特殊な空間の中で花開く特殊な人種。
そこではどんなことも可能になる。
王侯の城、宇宙の果て、凍りつく、あるいは灼熱の地獄さえ。

演じる人間も、舞台の裏方も、観客も、総てが奇跡を体験できる魔法の空間だ。

そして女優たち。

彼女たちは自身の中に小宇宙を持つ。
血でできた小さな宇宙だ。

彼女たちは舞台の上で、少女になる。艶っぽい悪女にも、聖女にも、魔女にも変身することができるのだ。

二人の天才女優を配して「チョコレートコスモス」は演劇という刺激と興奮に満ちた世界を私たちの眼の前に、確かなヴィジュアルで繰り広げてくれる。
飛鳥と響子。
一方は、素人のかけ出しながら、天与のひらめきと鋭い観察眼をもつ少女。
もう一方は、演劇一家に生まれ、若干20歳にして10年あまりのキャリアを持つサラブレッド。

全編に渡ってしつこいほど描写される劇中劇のシーン。
緊張感が溢れるオーディションの場面。

まったくの素人の私でも、演劇の世界の面白さ、怖さ、深さが伝わってくる作品だった。恩田陸の熱い思いが筆に乗って、芝居のワンシーンが見事に浮かび上がる。
「悔しいな」そんな感想を持ってしまうほど、演劇、芝居の世界は魅力的すぎる。

恩田陸の今までの作品に見られるような、あいまいな中に、妙に惹きつけられる魅力というものが、この作品にはない。ここにあるのは、非常にクリアーに描かれる世界だ。
緻密に、リアルに、二人の少女の交感が描写されていく。

オーディションのシーン。
何度も同じ芝居を、演技者を変えて行われる。なのに俳優ごとに、あざやかに演技を変えていくその表現に感心した。けっして、読者を飽きさせないどころか、繰り返すごとに緊迫の度合いが高まっていくのだ。
舞台の上で、繰り広げられるのは相手役とのバトルである。
交差する視線、はりあげる声、床を踏み鳴らす靴音。
自在に現れ消えていく劇場の魔法に身をまかせたい。

まだまだ続く、巨大な物語の序章が「チョコレートコスモス」である。
ふくれあがる期待感でお腹がいっぱいになってしまう。

二人の少女が演じる白熱したブランチの芝居。
選ばれた者だけが到達する異形の世界。
そこに揺れる小さなヒナギクの花。

恩田陸の力作だと思う。
是非一読をおすすめしたい。