『三丁目の夕飯(7)最終回』 時空を越えて~第三弾~

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ここは武道館前の広場。
本楽堂主宰の川柳大会が終了し、擬宝珠が飛び立った直後。

憔悴したアーニスを抱きしめる女将。
それを取り囲み、涙する人々。
純朴も悲しそうに涙と鼻○を流して泣いている。

「大丈夫、大丈夫ですお義兄さん。きっとちいらんばださんには気持ちは伝わったはずです。
いつかお義兄さんの前に戻ってくるはずです。だからその時まで。」
ざらし。女将の目からも涙が溢れ止まらない。

貧ぼっちゃまの格好をしたアーニス。
ぐったりと女将の腕の中に身体をあずけていたが、突然その大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
ガバと身を起こし、虚空を見上げている。
他のメンバーもつられる様に空を見上げた。すると、そこには・・・。
なんと金色に輝くタマネギ、いや武道館のてっぺんから飛び立ったはずの擬宝珠が青い空をバックにきらきらと光を反射しながら降りてくるではないか。

広場の石畳に着地したタマネギ。
周りを取り囲む本楽堂とKatty's Cafeのメンバーたち。

エアロックの開くシュ~という音とともに、一人の男が降り立った。
「あ、ビニ本団長!」
純朴の声が響く。
「♂!お、おれ?」
ビニ本団長も混乱している。

男は回りに集まった人々を見回しながら、
「ど、どこだ、ここは?」
と呟いた。
しかし、険しい表情をした男の顔は、ビニ本団長の穏やかな表情とはまったく異質なものだった。
その時、無邪気な声がドナルドに届いた。
「う~~~!タ・マ・ネ・ギ!おかえり~~!」
純朴がニコニコしながら男を見つめている。
純朴を一目見るとその表情は柔らかく優しいものに変化していった。
「あ、あなたは・・・。」
1歩純朴のほうへ踏み出したドナルド。
黒ずくめの男から突然話し掛けられた純朴。

メンバーはあまりの怪しさに身構えた。マダムも髪の毛を戦闘モードにして男を狙っている。

しかし、当の本人はニコニコしながら
「「純朴です!!う~~~、ヨ・ロ・シ・ク♪」
と、いたってくったくがない。
「純朴さん・・・。」
ドナルドはそっと純朴の手をとると、
「あなたに会うために僕は生まれてきたような気がする。」
そういって、目をうるませている。
「へ?純朴に会うために?
う~ん、よくわかんないけど、純朴嬉しいかも~。うぃうぃ~!」
うぃうぃ~!という言葉を聞いたとき、ドナルドの心に一条の光が差し込んだ。
それは、彼がかつて見たこともないビジョンを産み、真実と光に満ちた永遠の情景が眼前に現れた。
悪の心は波に消される砂絵のように掻き消え、彼本来の純粋で美を愛する心が表に現れてきたのである。

「ああ、僕が求めていたものは、これだったんだ。純朴さんの瞳の中に見たもの。
これが、僕の進む道だったんだ。」
悪の道に進みそうになっていたドナルドの心は今、やっと本来の道を見出した。

「あ、いけない!彼らに謝らなくては!」
ドナルドはタマネギに駆け込むと、縛り上げていたちいらんばだと野いちごを解放し、
「本当に申し訳ありませんでした。
あなたがたを、こんな目にあわせてしまって・・・。」
と心の底から謝った。
「いや、いいんですよ。その様子では純子ちゃんに会ったのですね。」
ちいらんばだも任務を果たしてほっとした様子で手首を擦っている。
「いえ、純朴さんです。僕の間違った心を本当の道に戻してくれました。」

「!!!!」
野いちごとちいらんばだは顔を見合わせた。
「純朴さん?!!!」
「まさか、ここは?!」
二人は窓に駆け寄って外の景色を見るとさらに絶句してしまった。
「あの~、操縦方法がよくわからないんで、画面に出てきたコマンドの「元の次元に戻る」を選択して、さらに「元の時空に戻る」を選択したら、ここについたんですが・・・」
すまなそうにドナルドが言った。

「会長!ここ、武道館前の広場ですよ!」
「し、しかも川柳大会の直後じゃないか!ああ、アーニスが・・・店長が・・・」
二人はなんと自分たちが旅立った直後の世界に戻ってきてしまったのである。

「行きましょう、会長」
野いちごがちいらんばだの手をとった。
「し、しかし・・・。私は・・・」
躊躇うちいらんばだを、そっと立たせると
「会長。これは運命です。きっと神様が私たちをこの世界に連れてきてくれたんですよ。あの世界でドナルドさんの邪魔をしたところから、きっとこうなる運命に導かれていたんですよ。」
といいながら、背中を押すようにして出口へ向かった。

まだためらっているちいらんばだも、外のざわめきに耳を傾けた。

「会長~!いるんですか~!」
「ちいらんばだ会長!出てきてくださ~い」
何人もの人々が笑顔で手を振っている。
アーニスも泣き笑いのような表情を浮かべて、手をちぎれんばかりに振っていた。

「アーニスさん。私のことを許してくれるのか・・・。」
「そうですよ。もう会長は、以前の会長じゃないんですから!」
野いちごの励ましを受けてちいらんばだは、外の世界に足を踏み出した。
まるで何年も歳月が過ぎたような気持ちで。

わあっという歓声があがり、ちいらんばだと野いちごは人々の笑顔に囲まれてもみくちゃにされていた。




騒ぎが一段落つき、ドナルドは自分の世界に戻ることとなった。
ちいらんばだが、タマネギで送り届け、彼は彼の世界で芸術家としての道を歩み始めることとなったのである。

「やれやれ、もう一仕事残っているよ」
「え?なにが残っているんです?」
野いちごが目を丸くして言った。
「ドナルド団長が誕生したからには、もう純子ちゃんを誘拐しようとする男は存在しない。」
「そうですね。よかったじゃありませんか。」
「いや、そうすると、原っぱで純子ちゃんに忍者の服をあげる怪しいおじさんがいなくなってしまう。」
「だから?」
野いちごにはさっぱり話しが見えてこない。
「だからさ!私は殴られないし感謝もされないで終わってしまうんだよ。そしたら夕飯だってご馳走になれないし(あのカレーは美味かったなあ)TVだって見せてもらえないじゃないか。」
「会長、すごい食い意地張ってるんですねえ!」
さすがの野いちごもちいらんばだの話には呆れているようだ。
「いやいや、違うよ。あのTVで私たちは平行宇宙に来てしまったことがわかるんだから、やっぱり必要なことなんだよ。それがあったから、Mr.Gのところに行くことになったんだし。」
「そうか~。けっこう考えていたんですね。」

野いちごの失礼な発言には気付かずに、ちいらんばだは、純朴から忍者服の着替えを貰うとドナルドの服と自分の服を交換して旅立っていった。

そして、昭和38年の原っぱで、純子に忍者服を見せながら、自分が来るのを待っていると・・・。

ゴトッ!
自分がたてた物音に黒い服のちいらんばだは振り返った。
「だれだ!お前は!」
目深に帽子をかぶり、顔が見えないようにしていると、相手のちいらんばだは
「純子ちゃんだね。お母さんが心配しているよ。おうちに帰ろう。」
と言いながらこちらに進んできた。
「なんだ、お前、ひっこんでろ!」
と叫びながら手袋をはめた手で、自分のあごを思い切り殴った。
どしんと尻餅をついたちいらんばだはあわてて立ち上がると純子の手を取り
「帰ろう!」と叫んで走り出した。
そこに、素朴夫人や野いちごが駆けつけてきたので、黒い服のちいらんばだのほうも
「くっそ~!」
と捨て台詞を残して駆け出した。

「やれやれ、殴られたのが自分だったとはなあ・・・。」
ついに、ちいらんばだの仕事は完全に終わった。
原っぱに戻り、隣に建つMr.Gの研究所を見ていると、ガラガラと窓が開いた。
Mr.Gの姿が現れ、親指をぐっとあげるとにやっと笑い窓は閉まった。



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そして、ちいらんばだの乗るタマネギは、再びこの世界の空にあった。
今度はもう旅にでることもない最後の帰還である。
きらきらと輝きながら、擬宝珠は本来あるべき場所、そう武道館の天辺へと着陸した。
「あ、あんなところに店長のサングラス!」
めぽが気付いて擬宝珠の先っぽを指差した。
そこにはなんと!この冒険の間、ずっとアロンαでくっつけられていたサングラスが引っかかっていたのである。
Katty店長のもとに、再びサングラスが戻ってきた。
「やっぱり鞭に合うのはグラサンよね」
店長も大喜びであった。

こうして、ちいらんばだと野いちごの時空を越える長い旅は終りを告げた。
これから二人は「本楽家協会」を作り、Katty's Cafeの常連たちも加わって活動を始めるようだ。
そして本楽大学の図書館が当面のちいらんばだの職場となった。
これからのちいらんばだと野いちごがどのような人生を歩むのか、それはまた別のお話しになる。

そして、ここにも・・・。

どこに隠れていたのか、擬宝珠の中から誰にも見られずにこっそりと白猫が出てきた。
白猫は、にゃあ、と一声鳴くと、ひらりと身を翻し、いずこともなく去っていったのである。
それもまた別のお話しで語ることとしよう。

こんどこそ完