『三丁目の夕飯(5)』 時空を越えて~第三弾~

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「さて、そこのお前。」
ドナルドの声にちいらんばだが振り返ると。
「へ?な、何をするんだ!」
なんとそこには羽交い絞めにされた野いちごの姿があった。
「会長!こいつをぶっ飛ばしてくださいっ!」
ドナルドの腕のなかで野いちごがもがきながら怒り狂っている。
「ちょ、ちょっと!やめろ!手荒なことをするな!」
ちいらんばだの声が裏返っている。
「お前は邪魔だから降りろ。そこにいる怪しげな白猫も連れていけ!さもないとこいつの命を頂くぞ。」
ドナルドの命令に、ちいらんばだは為すすべがなかった。
「わ、わかったよ、降りるから野いちごくんは離してくれ。」
野いちごの顔は、真っ赤になっている。

ちいらんばだと白猫が転げ落ちるようにタマネギから降り立つと、背中でバタンとエアロックが閉められ、タマネギはブ~ンという振動とともに、掻き消えるように時空を越えていった。
「たた・・大変なことになった!どうしよう!」
ちいらんばだの顔が青ざめている。両手で頭をかかえるとその場にうずくまってしまった。
目の前の草むらには、タマネギの存在を示す丸い形のくぼみが、ただあるだけだった。

どのくらい時間がたったのか。

ちいらんばだは、ゆっくりと立ち上がり行動を起こした。
「こんな酷いことになるなんて!」
今まで蹲っていた時間を取り戻さなければならない。ちいらんばだの気持ちは焦っていた。
と、そこへ、見たことのある少女が自転車に乗って原っぱの前を通りかかった。
少女は、一心に空を見上げている。
つられてちいらんばだも空を見上げた。
「うわあ!やばい!」
なんと、そこには金色に光るタマネギが、今にも原っぱに降り立とうとしているところだったのだ。
「どうしよう!やばいよ~!私と野いちごくんが降りてきてしまう・・・。」
動揺しながらもちいらんばだは、茂みに身を隠した。

タマネギは原っぱに降り立つと、中から二人が降りてきた。
「わ、わたしだ・・・。」
ちいらんばだと野いちごは、楽しそうに喋りながら夕暮れの街へと歩き去っていった。
そして、純子もまた自転車に乗ってどこかへ行ってしまった。

「こんなことになるとは!もうMr.Gしか頼れる人はいない!」
ちいらんばだは、たった今降りてきたタマネギに乗り込むと、再び未来へ向けて飛び立っていった。
「よし、私たちがMr.Gの家を出た後くらいに行こう!」
デジタル表示が現在の時間を示していた。
「1968年11月23日午後6時43分」
キーボードから午後11時00分を入力して、ちいらんばだは未来へと飛んで行く。


暗闇の原っぱからは、Mr.Gの豪邸の裏庭が見えた。
塀を乗り越え、裏口へまわった。
「早く、Mr.Gのアドバイスを!」
気がせいているちいらんばだは、裏口から飛び込むと、長い廊下を走り話し声のするほうへと向かった。
「この辺の部屋かな?」
ドアを開けて飛び込んだ部屋は1匹の白猫がいるだけだった。
慌てたちいらんばだの肘が、側に置いてあった金魚鉢をひっくり返した。
「ガシャーン!」
派手な音がして、隣からMr.Gの声が聞こえてきた。

「ん?またうちのデブの白猫が粗相をしたかな?」

ドアを開けて入ってきたMr.Gは、ちいらんばだを見ると
「おやおや、やはり戻ってきましたね。」
とにやりと笑った。

「もしかして、私、時間を間違えたのかな?」
ちいらんばだは、少し開いたドアの隙間から隣を覗いて見た。やはり、時間の設定が早すぎたようだ。隣の部屋には野いちごと自分の会話してる姿があった。
「会長」
「ん?」
「理解できました?」
「いや・・・。」
「ですよね。私もちんぷんかんぷんです・・・。」
さっき交わしたばかりの会話が聞こえた。

「わあああ、まちがえた~~~!!!」
「しっ!静かに。」
Mr.Gは妙に落ち着いている。
「想定内の出来事です。私はこうなるのを分かっていました。」
「何ですって!?野いちごくんは攫われてしまったんですよ。分かっていたなら、なんで教えてくれなかったんですか?!」
ちいらんばだの悲愴な声にMr.Gもすまなそうな顔をした。
「申し訳ない。しかし、時の流れにはなるべく逆らわないで事を進めるのが一番いいのですよ。
それでは、本当のカードを渡します。このカードで亜空間に閉じ込められたドナルドを、こちらの世界に連れてきてください。そして彼を改心させてください。」
「は?」
再びちいらんばだの目が点になった。
「さっき渡したカードは偽物なのです。本当の本楽大学図書カードはここにあります。」
Mr.Gの手のひらには、ちいらんばだのカードが乗っていた。
「ええ?さっきデータを書き変えたカードは、いったい・・・・。」
事態はちいらんばだの理解を超えはじめた。
「このカードはうらんがコーヒーを出す時にあなたのポケットから掏りとって、贋のカードと入れ替えたものなのです。さっきのやつは、ドナルドを亜空間に閉じ込めて出さないための贋のカードなんですよ。」
「な、何のためにそんなことを・・・」
「それは、ドナルドが宇宙船を乗っ取って亜空間に逃げることが分かっていたからです。」
「じゃあ、野いちごくんが攫われることも知っていたんだな!」
ちいらんばだの目が怒りに燃えた。
「私の大事な人が連れ去られてしまったんだぞ!」

「申し訳ない。しかし、それも含めて歴史なのですよ。私はその歴史の流れを元に戻そうとする力に手を貸す事しか許されていないのです。
そもそも、あなたがたが、純子ちゃんを助けてしまったのが流れを変えた最初の分岐点なのですから。」
Mr.Gの言葉にちいらんばだも、うな垂れてしまった。
「元は私たちが、よけいなことをしたからなんですね。」
「でも、ちいらんばださん。あなたの力の影には時の流れがついています。
これから亜空間に行ってドナルドと野いちごさんを連れ帰ることは、歴史の流れに沿っているのです。
必ず、うまくいきますよ!」

『Mr.Gの言う事を、信じてもいいのだろうか・・・』
ちいらんばだは心の中でつぶやいた。しかし事は急を要する。

「わかりましたよ。私は野いちご君だけでも取り返したい。行きますよ、亜空間にでも地獄の果てにでも」
もうヤケクソのちいらんばだであった。
「その心意気です」
無責任なGの励ましを受け、データをしっかり書き直したカードを持って、ちいらんばだは再びタマネギに戻っていった。
そしてMr.Gは、白猫を抱きかかえると
「失礼、やはりマダムの仕業でしたよ。3日前に迷い込んできた猫なんですが、愛想はない、そそっかしいはで、また捨ててしまおうかと思ってるんです。」
と言いながら、居間に待つ二人のところへ戻っていった。


ここは亜空間。
野いちごとドナルドを乗せたタマネギは、どこへも行くことができずに立ち往生してしまっていた。
「ちくしょう!なんなんだ、この宇宙船は!」
ドナルドが怒鳴る。
しかし、コントロールパネルの表示は「操縦不可能」の文字が躍るだけであった。
「おい、お前!」
「なによ、わたしはあんたにお前なんて呼ばれる筋合いはないわ!」
「うう・・・口の減らない女だなあ・・・」
さっきからドナルドは野いちごにやり込められ続けていた。とにかくこの宇宙船を亜空間から他の時空へと移動させたいのだが、手荒に扱われて野いちごは、完全に怒ってしまって、とりつくしまがない。
「わかったよ、手荒なまねをして申し訳なかった。この通り謝るから、宇宙船の操縦の仕方を教えてくれ。」
ドナルドが頭を下げて頼み始めた。
「教えてくれ、ですって?それが人に物を頼む時の口調かしら!」
『うう~~。この女、ホントにアッタマくる!』
しかし、こうなったらドナルドには頼る人は野いちごしかいない。
「わかったよ。・・・教えてください。どうも、さきほどは荒っぽいまねをして申し訳ありませんでした!」
おそるべきは野いちご!
海賊になろうとしているドナルドに一歩も引かないその姿勢はお見事である。
「まあ、そうやって腰を低くして頼むのなら、聞いてあげないこともないけど」
なんていう不毛な会話に時間をつぶしているところへ、ちいらんばだの乗った第二のタマネギが到着した。

「あ、あそこに光っているのは、まさしく私のタマネギ!」
ちいらんばだの胸が躍った。
「ようし、ここで一発気合を入れるか!」
ちいらんばだは立ち上がると、見事なステップでランバダを踊った。
亜空間に流れるダンスミュージック。それはもう一つのタマネギにも届いていた。

その6へ続く