『三丁目の夕飯(4)』 時空を越えて~第三弾~

「過去へたまねぎで戻って必ず二人を会わせてみせますよ。」
しかし、そこでふと心配顔になって
「本当に純子ちゃんに危険はないんでしょうね?」
と念を押した。
「これは歴史の一部です。絶対に危険はありませんとも!」
Mr.Gは頼もしく頷いた。

『三丁目の夕飯(4)』
その3はこちら


そして、ちいらんばだに手を差し出すと
「あなたの持っている図書カードを出してください。秒単位の時間旅行が出来るよう設定しなおしてあげましょう。
それから、次元を超えてあなたがたの平行宇宙へ帰還できるように、もう一つプログラムを追加してあげます。」
「Mr.Gさん、何から何までありがとうございます。」
ちいらんばだは本楽大学の図書カードを渡した。
Mr.Gはそれを端末のスリットに挿入すると、もの凄いスピードでキーを叩きデータを書き換えていった。

「さあ、これであなたがたは、元の世界へ戻れます。
くれぐれも、団長と純子さんを会わせて改心させることをお忘れなく。」
Mr.Gの手には金色に輝くカードが乗せられていた。
「あれ?色も変わってしまった。」
ちいらんばだと野いちごは不思議なものを見るようにカードを見つめた。

「もう時間がありません。早く行かないと歴史がどんどん変っていってしまう。
そうだ、これをあげましょう。」
Mr.Gは奥へいくとなにか紙箱のようなものを手に戻ってきた。

日清サラダ油セットだった。
「これで燃料は足りるでしょう。さあ、早く!」
Mr.Gに急かされるように二人はカードとサラダ油セットを受け取ると、再び夜も更けた昭和38年の原っぱへ戻っていった。

土管の影にシートで覆われた金のタマネギが待っていた。
「さあ、会長!行きましょう!」
野いちごがカードを差し込み、ちいらんばだがサラダ油を燃料タンクに注ぎ込んだ。
ブーン・・・。
耳慣れた音とともにタマネギは、再び時間を越える。

Mr.Gの「グッドラック」という声に気付きもせずに二人を乗せたタマネギは闇の中に融けて消えていった。


   □                   □                  □


「野いちご君、ちゃんと二人を見つけられるだろうか?」
ちいらんばだが不安そうに聞いた。
「見つけなくちゃ。私たちのせいでこの世界が破滅してしまうんですよ。」
「う~ん、荷が重いなあ・・・。」
相変わらず弱気なちいらんばだであった。
その時、にゃあという鳴き声が聞こえ、二人は飛び上がった。
「わわ、いつのまにかMr.Gの白猫が乗り込んでいるぞ!」
「やだ、どうやって入ってきたのかしら?!」
白猫は緑色の瞳を光らせて、窓の外を見つめていた。

「なんだか、状況が分かっているような感じだな。」
「でも、肝心な時に邪魔しないでしょうか?」
「まあ、タマネギの中に閉じ込めておけば、イタズラもできないよ。」
二人は気味悪そうに白猫を見つめた。

ピンポーン。
エレベーターが止まるような音がした。
「これって到着したってことでしょうか?」
「うん、Mr.Gのセンスだろうな。」
二人は昭和38年11月23日午後5時の世界に降り立った。

「我々が最初に到着したのが午後7時前頃だったから、純子ちゃんのお母さんに会って探し始めたのが7時、それから20分くらいでこの原っぱで発見したのだから・・・。」
「そうですね。あっ、それに純子ちゃん、タマネギがここに降りるところを見たって言ってましたよ!」
「そうだ、それが大きな手がかりになりそうだな。」
二人は、Mr.Gに教えてもらったドナルド団長の住むアパートへと向かった。

「ここですね。」
「うわあ、昭和30年代は貧しかったって聞いたが、こんなボロボロのアパート見たことないぞ。」
庇は傾き、羽目板はゆがみ、ひと目で耐久年数をはるかに過ぎたとわかる物件だった。
風呂なし、共同台所、共同トイレ。
住居部分は6畳一間。

そんな不動産屋のようなことを思い浮かべるちいらんばだ。
「会長、ぼんやりしてないで、さっそく入ってみましょうよ。」
あくまで行動的な野いちごに引きずられるようにして、ちいらんばだもボロボロの長屋に足を踏み入れた。

「ドナルド」と書かれた名刺大の表札は、入り口のすぐ近くに見つかった。
が、声をかけても人の気配はない。
「まずいなあ、留守のようだ」
「どうしましょう?原っぱに来るのを待っていたら、間に合いませんよ。」
その時足元に柔らかいものが押し付けられるのを感じて、ちいらんばだは、うわああ!と声をあげた。
「にゃあああ」
いつも間にタマネギから脱出したのか白猫が足元に身体を擦りつけている。

そして、二人がつかまえようと手を伸ばす前にダッと走り抜け、夕暮れの街に出ていってしまった。
「追いかけよう!」
二人は白猫の後を追い、路地から路地へと走り続けた。
そして。
町の小さな本屋の前にくると、また振り向いて「にゃあああ」と鳴いた。

そこは雑誌や文庫本が雑然と並ぶ古本屋だった。
「おおっ!古本屋だ!!」
ちいらんばだの目が輝いた。
「絶対何か掘り出し物があるぞお。だって30年代の古本なんだから!」
声をはずませその辺に置いてある本を手に取ると、ほお擦りしそうな様子でパラパラとページをめくっている。
完全に任務を忘れたその姿に野いちごは、
『会長、こんな時まで古本見なくてもいいじゃないですか』
と、突っ込みをいれようとした。
その時、奥から出てきた帽子を目深にかぶった男が、ちいらんばだに声をかけた。
「その本、いいでしょう。こんな小さな店だけどいい本が揃っているんですよ。
奥にも、面白そうな本がいろいろ並んでますよ。」
「え?そうなんですか!それは嬉しいなあ!」
といって男の顔を見上げたちいらんばだは、あんぐり口を開けたまま固まってしまった。

「あ、あなたは、ドナルド団長では?」
野いちごもすぐに気付き、二人とも驚きと見つけた嬉しさに口が開けっ放しになっていた。

男は面食らったように
「そ、そうですけど、あなたたちは?すみませんが、どこかでお会いしましたっけ?」
と聞き返した。
「私たち、あなたを探していたんですよ。
ささ、原っぱに行って純子ちゃんに会いましょう!」
と、息せき切って言いつのる怪しい二人組み。
ドナルド団長の目には単なるキ○ガイにしか映らない。
「何がなんだか、さっぱり訳がわからないよ。」
警戒しながら、後ずさりしている。
「あ、いえ、怪しいものではありません。私たちあなたの未来を知っているんです。」
「????」
ドナルドは確信した。
「こいつら、やっぱりキ○ガイだよ。」
じりじりと後ずさりしながら、この場を逃れようとしている。

「き、聞いてください。」
ちいらんばだが両手を挙げて、自分も相手も落ち着かせようとした。
「僕たちは、未来からやって来たんです。
ああ、ちょっと待って!」

くるりと、背を向けてドナルドは全力で走った。
『僕の人生、散々だ。金はなくなる、仕事はうまくいかない。
その上、訳のわからないキ○ガイどもに、声をかけられるなんて。ついてないなんてもんじゃないよ。
しかも未来から来たなんていってるし!』
走りながら後ろを振りかえると、なんと二人組みが必死になって追いかけてくるではないか。
「うわあ、来るな!お前らなんか知らないぞ!」
「待って~!話しだけでも聞いて~~!!」
「うるさい~!来るなああ!!」

夕暮れの町を疾走する男女3人に、買い物途中の主婦が目を丸くして見送っている。
逃げるドナルド、追いかけるちいらんばだと野いちご。
そして運命に導かれるようにドナルドの足は、原っぱへと向かっていった。

「こうなったら宇宙船を見せて信用させるしかないぞ!」
ちいらんばだは、原っぱへ逃げ込んだドナルドを、安心させるようにゆっくりと
「ドナルドさん、本当のことだと信じてもらうために私たちの秘密をお見せしましょう。
ここに、宇宙船があります。どうぞ中を見てください。」
と話しかけた。
そして土管の影に隠してあったタマネギのシートをさっと取り去って見せた。
「おお!」
驚きの声とともに金色に輝くタマネギが現れた。
「こ、これは!なんと!」
絶句したドナルドの手をそっと取り、野いちごはハッチを開けると中へ導いた。
「なんなんだ!?僕の頭のほうがオカシクなったのか?」
ドナルドは初めて見るタマネギの内部に目を見張った。
見たこともない滑らかな素材で出来た壁や床。
テクノロジーの粋を集めて作り上げられたコントロールパネル。
真空管のテレビしか見たことのないドナルドの前には巨大なメインモニターがあった。

操縦士の座る席も柔らかそうな素材と堅牢な金属が溶け合うように合成された見事な作りだった。
そこに思わず腰を下ろし、コンソールに並び点滅する無数の表示を見つめるドナルドの瞳が、何かを見つけたかのように強く光を放っていた。
「これだ!これだったんだ!僕が求めて見つからなかったもの。
いつも、もどかしい思いをして与えられなかったもの。
今、解った。
僕がやるべきこと、これから進むべき道。」


目を輝かせてブツブツ呟いているドナルドを、ちいらんばだと野いちごが暖かい目で見つめている。

「ふふふふ、」
突然ドナルドが笑い始めた。
「そうだ、俺は世界の覇者になるべく生まれたんだ!
どんな悪事も俺の目的のためには、やるべき事となるのだ!
うわはははは!」

「ど、どうしよう!悪い心のままインスピレーションが降りてしまったようですよ!」
野いちごがオロオロしている。
「よし、順序は逆だが、純子ちゃんに会わせてみよう。
きっと、改心して素晴らしい芸術家を目指してくれるはずだ!」
ちいらんばだは、夕暮れの町に目をやった。
そこにはまだ、純子の影もかたちもない原っぱが広がっているだけであった。


その5へ続く(まじ?)