小路 幸也 『東京公園』

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内容(「BOOK」データベースより)
「幼い娘と公園に出かける妻を尾行して、写真を撮ってほしい」―くつろぐ親子の写真を撮ることを趣味にしている大学生の圭司は、ある日偶然出会った男から奇妙な頼み事をされる。バイト感覚で引き受けた圭司だが、いつのまにかファインダーを通して、話したこともない美しい被写体に恋をしている自分に気づく…。すれ違ったり、ぶつかったり、絡まったりしながらも暖かい光を浴びて芽吹く、柔らかな恋の物語。 


完璧な物語。
優しくあたたかく、読み手の心の中にすっとはいってくるような、そのような小説を久し振りに読んだ気がする。
青春の一時期、途上にある若者達の姿をノスタルジー豊かに描いた小路幸也のこの作品は、間違いなく来年度の極私的ベスト本の上位にくるだろう。
こんな感じ方をするのは私の学生時代の体験や現在のポジションに類似するところが多いことも影響しているのだろうが、この短い200ページあまりの作品が最近になく稀な深い感動を与えてくれた。

まだ、僕達は途中にいる。
それは常に歩いていないと、どこかへ向かっていかないと使えない表現だ。


カメラマン志望の圭司は、ひょんなことから頼まれて、写真を隠し撮りすることになった人妻の百合香さんに淡い恋心を抱く。一言も言葉をかわさない淡い関係を中心に、圭司をめぐる友人や家族のエピソードが描かれる。
映画好きの幼なじみ富永、イラストレーター、ミュージシャンなど多彩な才能を持つヒロ、血の繋がっていない姉、咲実。
圭司の生活に登場する人たちは皆やさしく、あたたかい。
人生の苦味、葛藤、衝突などはあえて書かれず、事件は起きない。
なにげない日常のなか、唯一百合香さんを、隠し撮りすることだけが普通とは違うことだ。
その百合香さんがでかける公園がとてもいい。
天気の良い日、2歳の娘といっしょに手をつなぎながら歩く。その後を追いかけて写真に収める圭司。
公園は家族連れや、昼休みのサラリーマンで賑わっている。明るい光のなかを黙って歩く百合香さんはとても孤独に見える。

途中の日々。
若い時代に通過する何ものでもない、何になるかも決めていない、でも、何かに向かって歩き続けているという確信はある、そんな時期。
その奇跡のような一時期を、きちんと切り取って、手のひらに乗せてくれた。
作家という仕事の魅力ってこんな感動をあたえちゃうことが出来る、そこなんだろうな、と思う。


最後に、すべてがピタリとはまるパズルのような、心憎い一文がありました。
私くらいの年代の人なら、わかると思います。
そんな洒落た楽しみ方もできる作品です。