北村薫 『盤上の敵』

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出版社/著者からの内容紹介
敵は籠城殺人犯 妻の命を賭けた戦い!

息づまる駆引と、驚倒の結末! 読者をも操る北村マジックの冴え。

我が家に猟銃を持った殺人犯が立てこもり、妻・友貴子が人質にされた。警察とワイドショーのカメラに包囲され、「公然の密室」と化したマイホーム!末永純一は妻を無事に救出するため、警察を出し抜き犯人と交渉を始める。はたして純一は犯人に王手(チェックメイト)をかけることができるのか? 誰もが驚く北村マジック!!

「今、物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいという方には、このお話は不向きです。」

ノベルス版のための前書きは、こう結ばれていました。
この作品が描いた人間の悪意というもの、忌まわしい残酷な行為は、確かに読む人の心をえぐるような種類のものです。
そして、この作品に散りばめられたミステリとしての伏線の見事さと着想の素晴らしさ、二重に読者は心を打たれます。

よく考えれば、ご都合主義めいて主人公のまわりには様々なアイテムが落ちているのですが、そんなことは気にならない・・・と言うか、全て読了して作者のトリックに驚愕してから、やっと「これって、ご都合主義じゃないの?」と悔しがりながらつぶやく、といった種類のものなのです。

本格ミステリとして北村薫はこの作品のトリックを想起したのでしょうが、読み終えて今、物語としての深さ、重さに圧倒されています。
主人公末永の独白、その妻友貴子の独白が、交互に語られるこの作品。
末永の部分は、妻を人質に取られ、我が家に籠城した凶悪犯といかに戦うか、計略をめぐらす過程が語られます。
ハラハラしながら読み進むこのあたりはサスペンスに満ちた展開で、思わず末永を応援してしまいました。

かわって、友貴子の独白は、過去の思い出を静かに語り、末永との出会いや、飼っていた犬の事など、とりとめのない日常のエピソードから始められます。
それが、だんだん重く残酷な自身の過去の事件へと語り続けられ、読んでいて辛くなるような友貴子の体験が明らかになっていきます。徹底的に打ちのめされる獲物としての友貴子、理不尽な悪意を叩きつける同級生の兵頭。
理由は分からぬまま、ただ、打たれる側の友貴子の独白が、痛々しい過去を綴っていきます。

北村氏のところに「読んで傷ついた」という女性からの手紙が来たそうです。
読み始めたら止めることのできない優れた作品だけに、この物語が描き出す残酷さ、悪意は、読者の心をえぐるのかも知れません。

本格ミステリの面白さと、小説としての深さ、重さを兼ね備えた、北村ミステリの傑作と言えるでしょう。