伊坂幸太郎 『魔王』

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不思議な力を手にした主人公が危険な扇動政治家と対決する「魔王」
彼の弟とその妻が、主人公の「呼吸」

伊坂幸太郎「魔王」は好き嫌いの別れる作品ではないだろうか。
私自身はあまり好きな小説ではなかったが、「最高傑作」と賞賛する人がいるのも頷ける。

憲法改正自衛隊、外交交渉など、現実的で生臭い話題が全編を通して語られる。
政治的な作家ではないと思っていた伊坂だが、この作品では意外にも新聞の社会面を賑わすような話題が中心となっている。
銀行強盗や世界の終りや落書きに、独裁者の項目が加わったのは何故なのだろう。

二つの中篇が語る「今」は、危険な未来を内包しながら大きな強い流れで人々を巻き込んでいく。
ムッソリーニにも似た魅力的な政治家に熱狂する人達。
そこに、流れを妨げようとする石のように、二人の兄弟が登場してくる。
兄は強行に妨害行動を起こし、弟の方は最後まで書かれないが巧妙に立ち回り目的に向かって進んでいく。

「魔王」の5年後の世界を描いた「呼吸」。
この作品で、「魔王」で未消化だった部分が語られるが、それも全てではない。
しかし、猛禽類を見上げる弟・潤也の視線と鳥の視点が私の中で合わさった時、どきっとするような清冽な感動を覚えた。
伊坂の描いた作品「魔王」のハイライトは、この鳥の視点と潤也の視点が合わさるところではないのかと。

誰が「魔王」なのか・・・。
伊坂の中のアンテナが「炭鉱のカナリヤ」のように今の危機をキャッチしたのではないことを祈りたい。

作中に引用される宮沢賢治の詩は素晴らしい。
まるでニーチェのように心を鼓舞し、突き動かしてくれる。
自分の頭で考えろ、考えろ。
自分の心で感じたい。

伊坂幸太郎のがまた一つ脱皮したような作品だと思う。
しかし、この作者、いったいどこへ行くのだろうか?
目が離せない、動き回る光点のような作家である。