『佐藤春夫集 夢を築く人々』日下三蔵編

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昔、高校生くらいの頃、日本文学が苦手でした。

なにか泥臭く貧乏が染み付いたような作品か、教訓じみた物語と言う偏見を持っていたのです。

おかげで、母国語の名作を幾つ読み逃しているのか、大変な日本文学音痴になってしまいました。

さて、ちくま文庫から出版された「佐藤春夫集 夢を築く人々」のほんの一部である「のんしゃらん記録」という短編を読んでみました。

SF小説、それも今旬の作家が描くような未来のお話でした。石田衣良「ブルータワー」あさのあつこ「NO.6」といえば何となくお分かりになるでしょうか。

物語の舞台は30世紀の世界。

人口爆発の影響か、人類は水や食料の枯渇、さらには空気や太陽にも不自由な暮らしを強いられていた。

地下へと段階的に伸びていく居住区は下層に行くにしたがって、社会的地位も低くなっていった。

その最下層30階に暮らす少年(過去の記憶をなくし、ある老人に育てられた)の変身物語である。

地上に暮らすのは特権階級だけ、下層に行くにしたがって住環境は非人間的に劣悪さを増していく。光も

なく立ち上がる高さも与えられない最下層の人々にある日地上に一日だけでる機会が与えられた。

地上に至る、唯一の螺旋階段を押し合いながら登る人々。力尽きて墜落する者が後をたたない中、少年は

必死の思いで地上にたどり着いた。 


佐藤春夫は薔薇にこだわった作家でした。この主人公も薔薇に変化させられる事を選び、一鉢の植物になってしまいます。

悲しく美しく恐ろしい世界、佐藤春夫の描く未来世界は幻想的なアンチユートピアです。1929年に書かれた作品とは思えない、新しさを感じさせてくれました。

この短編集は、探偵小説の草分け作品や幻想小説など興味深い作品が集められており、編者 日下氏の知識とセンスに脱帽しました。

西班牙の犬、美しき町もお薦めの小編です。