塚本邦雄 『薔薇色のゴリラ』

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副題に「名作シャンソン百花譜」とあるようにシャンソンの音楽評論です。
え?しゃんそん?しろねこがそんなもの聴くんかい?とお思いの方、はい、好きなんですシャンソン

私もホラーやへヴィメタル、ミステリーなど血なまぐさいものばかり愛好しているわけではありません(笑)

昔ある漫画にジャック・ブレルの「いかないで」が使われていました。その話はもうあまり覚えていない

のですが、当時その洒落た物悲しい歌詞になにか感じるものがあったのか、レコードを探しにお店に入り

ました。

 しかし、シャンソンカンツォーネと書いてあるコーナーは少しだけで、ジャック・ブレルなど古い盤

は置いていませんでした。そこで、全く知らない歌手の「これが一番渋そうだ」と思われるのを選んで買

ってきました。

家に帰りさっそく針を落とすと、渋い中年男性のバリトンが訥々と流れ、単調なメロディーが延々と続き

ました。これは失敗だったか・・と後悔したのですが、せっかく大枚はたいて買った物なので、もうちょ

っと聴いてみよう、そうけち臭く考えて最後まで聴いてみたのです。

思いました。「このおっさん、好きや・・・」

だみ声に単調なメロディー、でも心に響く何かがあったのです。

それがジョルジュ・ブラッサンスとの出会いでした。

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その後あまりお金も無い頃の事、それ一枚を聴きまくっていたのですが、間もなく衝撃的なミステリと出

会いました。中井英夫「虚無への供物」です。

ミステリとしての素晴らしさ感動はおいといて(なに?)作中に出てくるシャンソンの数々、まあ、主人

公の一人奈々久生がシャンソン歌手という設定ですし、バー・アラビクも昼はシャンソン喫茶ですから。

そして、重要な手がかりにムルージの「小さなコクリコのように」が出てきます。

「これは、聴いてみなくては!!」

その後、私は音楽評論では一押しのこの本に出会いました。

塚本邦雄「薔薇色のゴリラ」です。

歌人である塚本邦雄は、シャンソンの愛好家としても知られています。とくにブラッサンス狂いは有名で

す。彼のこの評論は音楽評の真髄とも謂われ、自分の耳だけを基準に歯に衣着せぬ意見を述べているとこ

ろなど共感するところが大きいです。

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この本で、ブラッサンスやレオ・フェレ、バルバラなどフランスが誇るシャンソニエたちを知り、彼らの

レコードを買いに走りました。

 何時間もの幸福な時を過ごすことができ、詩の美しさ、メロディーの美しさばかりでなく底に流れる反

骨精神や皮肉っぽさ、エロティックな笑いに痺れたのです。

 ボードレールの「悪の華」を歌うフェレの妖しさ、毒のある歌声。フランソワ・ヴィヨンの「そのかみ

の貴婦人を歌へる」を歌うブラッサンスのだみ声。

フランスの大衆に支持され、国民的歌手であることをしったのもこの時でした。

ポピュラーな「枯葉」「サン・トワ・マミー」などとは違う世界が広がっていました。

原語でフランス文学を読むことなど不可能でしたが、歌の調べにのせてヴィヨンの「去年の雪いまいず

こ」Mais ou sont les neiges d'antan?が聴けたのはとても幸せなことだったと思っています。


ブラッサンスは、とてもシャイだったのですが、どうやって口説かれたのか一作だけ映画にでています。

ルネ・クレールの「リラの門」に芸術家の役で出演したのがそれです。なかなか渋い演技で、その視線の

鋭さにクレールは魅了されたとも聞きます。


ブラッサンスは60歳で生涯を終えました。レオ・フェレも1993年に、塚本邦雄も去年、亡き人とな
り時代は流れていきます。

しかし、音楽はレコードやCDに刻まれて嘗ての艶やかな歌声を残してくれるのです。
機会があれば、ブラッサンスやフェレを聴いてみてください。

今は亡き詩人たち、ヴィヨン、ボードレールアポリネールポール・フォールルイ・アラゴンなどの
詩が美しい調べとともに語りかけてくれます。