佐藤多佳子 『一瞬の風になれ』

amazon.co.jpより
  あさのあつこの『バッテリー』、森絵都の『DIVE!』と並び称される、極上の青春スポーツ小説。
主人公である新二の周りには、2人の天才がいる。サッカー選手の兄・健一と、短距離走者の親友・連だ。新二は兄への複雑な想いからサッカーを諦めるが、連の美しい走りに導かれ、スプリンターの道を歩むことになる。夢は、ひとつ。どこまでも速くなること。信じ合える仲間、強力なライバル、気になる異性。神奈川県の高校陸上部を舞台に、新二の新たな挑戦が始まった――。


極上の青春小説。
二人の少年を軸に描かれる青春の一こまであるが、まるで永遠の断片のように輝いている。
全三巻にわたる本書、まったく長さを感じないまま読み終わってしまった。

ただひたすら走る。
それだけのことが、どうしてこんなに胸を高鳴らせてくれるのか。

作者はあえて学校生活や、瑣末な人間関係に触れずに「陸上競技」というエッセンスのみを抜き出して語らせている。
語り手の新二、幼馴染の天才スプリンター連、そして複雑なコンプレックスを抱いてしまう兄の健一。
登場人物もスポーツ関係オンリー。
部活のメンバー、顧問の先生、ライバル校の強豪たち。

限られた世界のなかで彼らは生き生きと描かれ、作者の暖かい視線が心地よい。


ただ、速く走ること。
それだけを追い求めて、新二たちは走る。走る,走る。
とにかく三巻ずっと走っているのだ。

メインに描かれるのが100mと4継(100mずつ四人で走るリレー競技)。

陸上の華、100mはオリンピックなどでおなじみの競技だし、学校でも何度かは走ったことがある種目だが、本書を読んでその奥の深さがたまらなく面白かった。
陸上は素人と、作者は謝辞に書いていたがその描写の素晴らしさに、一緒に走り、風を感じたほどである。

そして4継。
四人の選手が、バトンを通して一つになっていく。
第一走者が、「ハイっ」といって渡すバトン。
第二走者も「ハイっ」と言ってそのバトンを受ける。
風のように走り去る二走の手には、第一走者の思いが渡され、一緒に走っているのだ。
四人の気持ちが一つにならないと上手くいかない競技である。
失敗のレースのみじめさも、成功したときの快感も四倍になる。
友情、根性、気合が四人分。ぴったり揃ったとき春野台高校陸上部は無敵になる。

高校生の競技。
オリンピックや世界陸上などで見るスター選手にはなれないかもしれない。
でも彼らのひたむきな姿は、オリンピックなみに感動的だ。
0.01秒でも速く走るために、走る、筋トレをする、栄養のあるものを食べる。
24時間が陸上のためにある彼らの生活に、スポーツ嫌いの私がこんなに共感し愛しく思うことが、自分でも不思議だった。

物語はインターハイ出場で終わる。
作中の彼らとともに走り、笑い、泣きながら読み終えていた。

新二、連、顧問のみっちゃん、その他春校陸上のメンバーたちが大好きになっていた。

10代の人たちに是非読んでもらいたい。
きっと世界が変わるはずだ。



追記:りあむさんのご紹介で読んでみました。
   素晴らしい本を教えていただきありがとうございました。
   記事を読んですぐ予約したのに入手したのは最近。人気ありますねえ。