貫井徳郎 『空白の叫び』

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出版社 / 著者からの内容紹介
「普通の中学生」がなぜ殺人者になったのか

久藤美也は自分の容姿や頭脳が凡庸なことを嫌悪している。頭脳は明晰、経済的にも容姿にも恵まれている葛城拓馬だが、決して奢ることもなく常に冷静で淡々としている。神原尚彦は両親との縁が薄く、自分の境遇を不公平と感じている。〈上巻〉第一部ではこの3人の中学生が殺人者になるまでを、その内面を克明にたどりながら描く。その3人が同じ少年院に収容されて出会うのが第二部。過酷で陰湿な仕打ちで心が壊されていく中、3人の間には不思議な連帯感が生まれる。〈下巻〉第三部。少年院を退院した彼らはそれぞれ自分の生活を取り戻そうとするが、周囲の目は冷たく、徐々に行き場をなくしていく。そして、再び3人が出会う日がくる。 少年犯罪を少年の視点から描いた、新機軸のクライムノベル。

こうも嫌な人間ばかりが出てくる小説を私は知らない。
主人公の3人も、その3人を取り巻く人々もいずれ劣らぬ嫌な人間たちだ。

14歳の中学生が、別々の場所で殺人を犯してしまう。その動機も、そうなってしまった環境もまったく違う人間たちが、少年院で偶然知り合うこととなる。
同い年で、しかも殺人犯というレッテルを貼られた彼らは、何となく顔見知りとなり、少しずつ深い関わりをもっていく。
そして10ヶ月後、卒院した彼ら3人が、現実の生活に投げ込まれた時、瘴気は彼らを包み、さらなる犯罪へと駆りたてていく。

久藤。彼を例にあげてみよう。
彼は、いじめられていた小学生の時の経験を、中学生になってからはいじめることによって、拭いさろうとしている。
心の中に瘴気を溜め込み、それを厭わしく思いながら、どこかで大事に育てているような男である。
キーワードはこの「瘴気」という言葉だ。
憎しみや怒り、残酷な行為、それらを内にある瘴気に食わせながら、久藤はそれを大きく育てていた。自分の中に吹き荒れる劣等感、憎悪を鎮めるすべを持たない人間。
そんな久藤 に関わってしまったのが、新任の女性教師、柏木だった。久藤を立ち直らせようとする彼女の行為は、逆に彼女を追い詰めてしまう。
久藤によってレイプされた柏木もまた、その瘴気を内に持っていたのか。
破局するはずの関係は、柏木のなかでねじれてしまった正義観、倫理観、性の執着によって、ありえない関係へと移行していく。
二人は愛のない無意味なセックスにのめりこんでいく。
ここでの柏木という女性の描かれ方は非情で残酷だ。読んでいると、おぞましい鵺のような女に思えてしまう。
久藤が衝動的に殺害するその行為を、どこかで認めてしまいたくなるくらいだ。

救いのないストーリー、共感できないはずの登場人物。
しかし、貫井氏の筆力は圧倒的だ。このとことん暗く、忌まわしい物語を面白く、エンターテイメントとして読ませてしまう。
恐ろしいクライム・ノベルを書いたものである。

加害者の中にある「瘴気」。それは殺人や強盗などに表出するぶん分かりやすい。恐ろしいのは被害者や、世間というものの中にも潜んでいる「瘴気」だ。

ミステリとして読むと、いろいろ瑕疵もある。
登場人物同士のつながりが、ラストのほうでご都合主義に流れているようなところもあった。
中学生の犯行という設定にも、あまりに緻密で老獪な彼らの言動、計画に鼻白んでしまう点もあった。
しかし、この小説、嫌な気分になろうとも、読んでよかったと思う。
後味は悪い、登場人物は最悪、でも、今の時代に流れる瘴気を拡大し、くっきりと描き出したその点を評価したい。
貫井氏の最近の傑作である。

徹底した虚無観、神なき時代の空白。
それを埋めるすべを持たない少年たち。
解決を示すことなく終わる、重い読後感になった。

※少年犯罪という報道の論調は、刑罰が緩い、刑期が短い、被害者への謝罪や補償がない、など主に軽い刑に異を唱える論調が多い。
しかし、ここに描かれる少年院の実態はどうなのだろう。
リンチまがいの体力強化運動や、実際に各部屋で行われるリンチ。
貫井氏がちゃんとした調査もしないでここまで書くことはないだろうから、ある程度、いやかなりの部分、実際に行われているのだろう。
しかし、このような環境が少年を更正させるとは思えないし、返って狡賢くなって社会に出てから再び悪にはしるのではないだろうか。
累犯率の高さ、出所後のフォローの甘さ。社会復帰への支援のなさ。
さらに刑に服する間、どんな教育、矯正がされるのか、司法の不備なども考えさせられた作品だった。