『三丁目の夕飯(1)』 時空を越えて~第三弾~

時空をさ迷う時間旅行者、ちいらんばだと野いちご。
今回はようやく昭和30年代にたどり着いたようです。
さて、彼らは目的「アトム」をリアルタイムで観る、を達成できるのでしょうか?

球形の窓に映し出されるのは、真の闇。
その底に輝くのは赤い星。

金色のタマネギのような形の宇宙船は、設定された昭和30年代に向けて亜空間を飛行していた。
「ドキドキするね。ちゃんと行けるのかなあ。」
「会長、今度こそ行けますよ。」
デコボココンビのちいらんばだと野いちごは、少し緊張ぎみにメインモニターに流れるオーロラのような模様を見つめている。タマネギの旅も何度目かになり、二人とも宇宙旅行には少し余裕がでてきたようだが、まだ一度も思うようにならない時間旅行については、とても余裕なんてもてないのだろう。

しかし・・・。
遂にタマネギはオーロラを抜けると青く輝く地球の日本にむかってまっしぐらに降下していった。
「やった!デジタル表示をみてください!」
「おお!1963年11月23日だ!」
「昭和38年ですね!会長」

二人は好奇心いっぱいに窓の外を食い入るように見つめていた。
タマネギは速度を弱めると、夕焼けに赤く染まった東京の空の下へとゆっくりと溶け込むように降り立っていった。

街にはカレーの匂いが漂っていた。
夕食時の人気のない原っぱに、タマネギを隠して二人はぶらぶらと歩いていた。
「会長、こうやって歩くのもノスタルジー溢れてていいけど、これじゃあ「アトム」は見られませんよ。」
「そうだね、どこかの家に上げて見せてもらうわけにもいかないだろうし・・・。」

時刻は7時くらいなのか、ひっそりとした住宅地は人通りもなく木枠のサッシの窓からは暖かい電球の明かりが漏れてくる。
「少し寒くなってきたね。どこか温かい食事のできるお店はないかなあ」
見回しても、人家が並ぶばかりの町並み。
「食堂やレストランはなさそうですね。」

と、そこへ1軒の家の中から心配そうな表情の女の人が出てきた。
あたりを見回し、二人を目にとめると
「あの、すみません。小学2年生くらいの女の子、みかけませんでしたか?」
と尋ねてきた。

「いいえ、あちらの方には、誰も見かけませんでしたけど・・・」
「お嬢さん、帰ってないのですか?」
割ぽう着を着た女性は、頷くと
「いつもは6時までには戻ってくるのに・・・」
と心配そうな表情であたりを見回している。
「自転車に乗って遊びに行く、と言っていたんですけど、お友達のうちにもお邪魔してないみたいですし・・・」
どうせ目的はくだらない二人組である。
「じゃあ、手分けしてそのへんを探しましょう!」
野いちごが言った。
「そうですね。お嬢さんのお名前はなんと?」
ちいらんばだも巻き込まれるように尋ねた。
「素朴純子と申します。背はこれくらいで、赤いつりスカートに白いブラウス、それにチェックの上着を着ています。自転車は赤です。」
母親は一気にいうと、戸惑ったような顔をして
「本当によろしいんでしょうか」
と聞いた。
「いいんですよ、ご心配でしょう。さっそく手分けして探しましょう!」
野いちごはてきぱきと指示をだし、ちいらんばだと母親は二手に分かれて走っていった。
「ジュンちゃ~ん!ジュンちゃ~ん!」「純子さ~ん、どこですか~」

二人の声が遠ざかっていく。野いちごも夕闇の町へ走り出した。

ちいらんばだは、いつのまにか着陸した原っぱにきていた。
「あれ?誰かいるなあ」
土管が積み上げられているその影に人の気配がしている。

「ほらね、おじょうちゃん、いいだろう?」
男の声だ。
「うん、と~っても素敵!純子ワクワク~~!」
女の子の声も聞こえる。
ちいらんばだは気付かれないように、そっと近づいた。怪しい男は、帽子を目深にかぶり、何かを見せている。
「純子、忍者になれるかなあ。」
「ああ、これを着ればもう忍者なんだよ。」

「なんつ~怪しい会話だ。」
ちいらんばだは、よく見ようと身をのりだした。そのとき・・。
ゴトッ!
ぐらぐらの石に足をのせたちいらんばだの身体は前につんのめって、男の前に飛び出してしまった。相変わらずのドジである。
「だれだ!お前は!」
男は慌てたように向き直った。
「純子ちゃんだね。お母さんが心配しているよ。おうちに帰ろう。」
ちいらんばだは腹をきめて男の前に進み出た。
「おじちゃん、だあれ?」
純子は無邪気に聞いた。
「おじちゃんではない、お兄ちゃんなのだよ」
どうでもいいことを訂正するちいらんばだ。
「なんだ、お前、ひっこんでろ!」
男は邪魔がはいった悔しさに怒りをあらわにしてちいらんばだを睨みつけた。拳を握り締めていまにも飛び掛ってきそうな勢いだ。
「あれ?いや、そのおお・・・。」
助っ人は来ないかとあたりをキョロキョロ見回すが、原っぱには他に誰もいない。
「とにかく、お母さんが探しているんだ。その子を返してもらうよ。」
少し声が震えがちだったが、ちいらんばだは毅然とした態度で純子の手をとった。
「よけいなことすんじゃねえ!」
突然男が殴りかかってきた。拳がちいらんばだの顎に炸裂する。どしんと尻餅をついたが、慌てて立ち上がり純子の手をしっかり握りなおすと
「帰ろう!」と叫んで走り出した。

そこへ野いちごと母親が駆けつけてきた。
「会長!大丈夫ですか?!」
「純子ちゃん!」
二人はちいらんばだと純子の側へ駆け寄った。

「くっそ~!」
怪しい男は身を翻し逃げていった。



「本当にありがとうございました。お礼のいいようもありません。」
母親は深々と頭を下げた。
「よかったら、うちでお食事でもしていってください。」
なんと、願ってもない申し出である。
二人はいそいそと、素朴家にあがりこみ夕飯をご馳走になることにした。
ちいらんばだも名誉の負傷で顎がヒリヒリしたが、そのおかげで1食ありつけたわけである。

「今日はカレーよ」
素朴夫人は、大きなお鍋にいっぱいのカレーを作っていた。
「ういうい~~!純子カレー大好き~~!」
純子も嬉しそうだ。
そのとき野いちごが純子の持っている布に気付いた。
「純子ちゃん、その黒い布なあに?」
「これ?さっきの怖いおじちゃんがくれたの。忍者の服なんだよ~。純子かんげきっ!」
「へえ、すごいねえ。それであのおじちゃんとお話ししてたのね。」

「ひどい男ですわ。子供をこんなオモチャで釣って誘拐しようなんて。」
さきほどの体験に思わず母親も身を震わせた。
「純子、絶対に知らない人についていっちゃ駄目よ。こちらのおじちゃんたちがいなかったら、誘拐されていたのよ。」
カレーをよそいながら、純子に言い聞かせた。
「あのお、おじちゃんじゃなくて・・・」
執拗におじちゃん、にこだわるちいらんばだであった。
ご馳走になったカレーは美味しかった。
ジャガイモがごろごろ入っていて、お肉はほんのちょっぴりだったが、暖かく幸せな気持ちにしてくれた。
狭い茶の間にちゃぶ台があって、電灯は裸電球にブリキのような傘をかぶせただけ。質素な居間だった。

「あ、テレビをつけてもいいですか?」
目的を思い出して野いちごが言った。
「あら、気がつかなくって。どうぞどうぞ、」
母親はスイッチを入れてくれた。
ぶ~ん。
しばらくすると画面が見えてくる。ニュースをやっているようだ。

「おお、レトロだねえ」
ちいらんばだも嬉しそうに見ている。
『それでは、これより本邦初の衛星中継を行います。アメリカよりケネディ大統領の演説が届きました』
アナウンサーが誇らしげに語っている。
「へ~、初めての衛星中継だって。会長、いい時にきましたね。」
カレーを食べながら野いちごも、興味をそそられたようだ。
しかし、画面を見つめるちいらんばだの顔といったら・・・。目を大きく見開いて、食い入るように見入っている。
『会長って、本当はすごいテレビっこなのかしら。』
画面はダラスで演説するケネディ大統領の雄姿が映し出され、まるで国内の放送のようにきれいに映っている。

その映像にかぶるように、アナウンサーが
「この演説の少し前、オープンカーでパレード中の大統領が狙撃されるという大事件がおこりました。犯人はすぐに取り押さえられ、弾ははずれたので大統領とその夫人に怪我はありませんでした。」
という解説をつけた。
「大変だ!野いちごくん!」
ちいらんばだが叫んだ。
「どうしたんですか?会長」
野いちごは、あまりの剣幕にキョトンとしている。
「我々は、もしかするととんでもない所に来てしまったのかもしれない。」
ちいらんばだは、ひそひそと耳打ちした。
「いいかい、ケネディはダラスのパレード中に、暗殺されるんだよ。そして日本初の衛星中継でそのシーンが流れた。これがぼくらの世界の事実、歴史なんだ。」
「え?でも、ケネディは生きて演説してるじゃありませんか」
野いちごも、なにかいやな予感に襲われてきたようだ。
「だからおかしいのさ。なぜ、ケネディは死ななかったんだ?」
「どういうこと?」
「パラレル・ワールド。多元宇宙に迷い込んでしまったようだ。」

二人のやりとりを純子が面白そうに聞いている。

「じゃあ、会長。私たちどうなるんですか?まさか、元の世界に戻れないなんてことに・・・」
野いちごも絶句している。

お茶を持って母親が戻ってきた。
「あら、ケネディの演説ね。遠いアメリカからちゃんと届くようになったのね。」
ちゃぶ台の前に座り、まじまじとテレビを見つめている。
きっとこの時代の人にとっては一大事だったんだろうな。ちいらんばだは、自分の一大事を棚にあげてそんなことを考えていた。
「そうそう、おみやげにおリンゴがあったわ・・・」
素朴夫人は忙しそうにまた立ち上がると台所へ入っていった。

「会長、どうするんですか?このままじゃ、時間旅行しても帰ることができないんですよね。」
野いちごがすかさず現実に引き戻した。
「う~む、しかし、どうすると言われてもなあ・・・」

「ねね、おじちゃん」
純子がにこにこして話しかけた。
「おじちゃんたち、あのタマネギに乗って宇宙からきたんでしょ。」
思わず固まる二人。
「純子、降りてくるとこ見てたんだよ~。ドキドキ~~!」
「わわわ、純子ちゃん、このお話は秘密なんだよ。おじちゃんたちのこと誰にもいっちゃ駄目だよ」
慌てるあまりおじちゃんと名乗るちいらんばだであった。
「うん!だれにもいわないよ!う~~ひ・み・つ!わくわく~~」

その言葉を聞いていた野いちごがハッとしたような表情になった。
「野いちごくん、どうしたの?純子ちゃんはちゃんと秘密をまもれるよ。ね~~!」
のんきなちいらんばだである。
「会長、そうじゃなくて。このコ、どこかで見たような気がしていたけど・・・まさか・・・」
「ん?どこかで会ったっけ?」
「Katty's Cafeの乙女組に純朴さんていましたよね。あのコに似てませんか?」
そう言われて、まじまじと純子を見つめるちいらんばだ。
「あっ!本当だ。大きくなったらそっくりになる!」
「でも、彼女はせいぜい20代だったろう。こんな昔に小学生のわけないよ。まだ、生まれてもいないはずだ。」
しかし野いちごは首を振った。
「だから歴史が変っているんじゃないですか?私たちが来た世界では、20代の純朴さんが、この地球ではもう38年には8歳くらいになっているんですよ。」
野いちごの言葉にちいらんばだも、頷いた。「そうか、あの忍者のかっこうの原点がこの事件だったんだな。」