(5)Mr.MHG LAST HUNT

第五章 失意と矜持




 ミナガルデの朝は早い。狩へ出立するハンターたちのざわめきが、宿屋の奥で寝ている者の眠りを妨げ

る。

 ゲリョスの攻撃を回避したケンジは、運悪く毒液に触れてしまい数日の療養を必要としていた。ハルも

ボンドも無傷ではすまなかった。ただ一人怪我をまぬがれたジャックも、疲れと精神的打撃が深く結局他

の皆と一緒に枕を並べて寝ることとなってしまった。

「あの時わしは槍を突き出したというのに、連続の攻撃はできんかった・・・。」

 ジャックはベッドの上で悶々と考えていた。飛龍の中では弱いゲリョスがあの時は恐ろしく巨大で強力

な敵に思えたのだ。一撃をくらわしたのに、そのまま盾をかざして守りにはいった自分の行動が信じられ

なかった。

「結局それでゲリョスが走るのを止められず、仲間を危険にさらしたのじゃから・・・。」

 答えの出ない問いを延々続けてもしかたない。そう考えると痛む腰をさすりながら起き上がった。

「あら、もう大丈夫にゃのか?」白ネコのアイルーが朝食のトレーを持って入ってきた。

「ああ、もう十分寝たよ。もともとわしは怪我もしとらんのじゃからな。お、すまんな」

 朝食を受け取るとジャックは猛然と食べ始めた。

「にやあ、今日はずいぶんと食欲がでたのにゃ。骨じい先生に報告にゃ」

アイルーは、他のベッドも見回った。ケンジも毒の影響がなくなり顔色もよくなっている。

「ハルさんとボンドさんの怪我は打ち身だから、あと一日は寝てなきゃだめにゃ・・。」

二人とも腰と背中を強打したため、うつぶせに寝かされてべったりと薬草ペーストの湿布薬を貼られて

いた。

「俺ももうおきられるぞ、ネコちゃん。先生にそう伝えてくれよ」とボンドが身体を起こしながら言っ

た。が、痛みに顔がゆがんでいるのはいかんともしようがない。ハルはむっつりと黙り込んで向こうをむ

いてしまった。

 3人は、ゲリョスが去ったあと手作りのたんかに乗せられて街に戻ってきた。ジャックも俯いたまま

その後をとぼとぼ歩いた。若者達も皆無言だった。

 屈辱、羞恥、狩では味わったことことの無い感情に押しつぶされそうになりながら老人たちは街に帰り

ついたのだった。リュウヤが小さい声で言った

「でも、無理ないですよ。みなさん久しぶりに武器をとったんですから。」

 その言葉がかえって老人達の胸をえぐることも知らずに・・・。


 ジャックは、この日ある決意をしたのだ。

「わしは、Mr.MHGと呼ばれていた。じゃが、もう今は単なるじいさんに成り下がってしまった。

 が、ここで負けるわけにゃあいかん!一ハンターとして最初からやり直しじゃ!」

 ジャックが奮起したのは、ヴィクトールの存在も大きかった。過去のライバルの前で恥をさらしたまま

おめおめと引き下がるわけにはどうしてもいかなかった。プライドが許さない、そう思っての一念発起

である。

 しかし、とそこでジャックはハタと止まってしまった。若い頃のようなガムシャラな鍛錬は、この歳で

は無理がある。何かいい方法はないものかと再び考え込んでしまった。

「おお、もう大分よさそうじゃの。」その時ドアが開いて骨じいが入ってきた。その後ろから薬湯を運ん

でいるアイルーの姿があった。

「さて、ジャックとケンジはもう起きてよいぞい。ボンドはもそっとゆっくり寝ておけ。年寄りの冷や水

はよくないぞい。」

 骨じい自身何歳なのか誰も知らない。100歳をはるかに超えていることは間違いない。

「あんたに年寄り呼ばわりされたくねえや!」とボンドが憎まれ口をきくのも、もっともである。

 骨じいはそれを無視するとハルに声をかけた

「ハル、どうじゃ薬湯ばかりじゃあ力がつくまい。少しでよいから粥でもたべたらどうじゃ?」

 だが、ハルは首を振るとまた毛布の中にもぐりこんでしまった。

「やれやれ、これは重症じゃて・・・」

 ハルの身体が毛布の中でさらに小さく縮んでしまったように見える。

「骨じいよ、わしらは今度の狩りで思い知ったんじゃ。自分らが過去の栄光に慢心したただのじいさん

だということがな・・。」

「ジャック、それはちがうぞい。お主らはちょこっと錆び付いているだけじゃい。錆を落とせばまた

立派なハンターとして復活できるぞい。」

「そうだニャ、ジャックたちは狩りもろくにしないで何年も暮らしてたニャ。どんなに若くて腕のいい

ハンターだってそれじゃ錆び付くニャ」

アイルーも(猫なりに)まじめな顔で励ますようなことを言った。

 ジャックたちの顔に少し笑顔が戻った。


 三日後、ミナガルデの丘にジャックたち四人のすがたがあった。

「待ちくたびれたぜ、骨じいのやつ俺をベッドに縛りつけおって・・」

 ボンドの手には愛用のハンマー「クックピックG」が握られている。まだ湿布臭いが、ハンマーを振り

回している姿を見る限りでは全快したようだ。ケンジは骨じい考案の補聴器を付け、ハルも同じく骨じい

が技術を注ぎ込んだコンタクト眼鏡をかけていた。

「いやあ、このこんたくと、とやらはよく見えるのう。この前はスコープが全く使えないさかい往生した

わい。これなら、昔のようにピンポイント攻撃がでけるわ」

 ハルの元気がなかった原因は、スコープに眼鏡がぶつかって照準がさっぱり合わせられなかったことだ

った。コンタクト眼鏡にしてボウガンを構えたとたん元気を取り戻し、突然モリモリと食べ始めたのには

骨じいやジャックたちもビックリだった。

 こうして、4人の再起を賭けた訓練が広々とした丘の上でスタートしたのだった。