ベニスに死す~マーラー・交響曲第5番~



1971年、ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。

トーマス・マンの作品を映画化したものだが、原作では老作家となっている主人公をあえて作曲家に置き換えた。ヴィスコンティが、マーラーを念頭に置いたことはよく知られている。

静養のため訪れたベニスのホテルで、老作曲家は一人の美少年に心を奪われる。

避暑に訪れた華やかで優雅な人々。そして美少年タジオの姿を追い求めるアッシェンバッハ。
明るい南イタリアの風景、美しく優雅な情景。

しかし、次第にベニスの町は不吉な様相を帯びてくる。南から吹き付けるシロッコという熱風にのり、伝染病が蔓延し始めた。
しかし、タジオに魅せられたアッシェンバッハはベニスを離れることが出来なくなり、ますます彼への思いを募らせる。
そして、老醜を強調するかのような、気味の悪い化粧をし、髪を染め、死の町となったベニスの裏路地をさまよい歩く。ついに、海辺でタジオを見つめながら、病に冒され死を迎える。


日本公開当時はお子ちゃますぎて、美少年と騒がれたビョルン・アンドレセンの美しさがまったくわからなかった。
今でも、「美しいとは思えない、気持ちが悪い」という人がいるので、彼の美しさは万人受けするものではないのだろうか。

しかし、シルヴァーナ・マンガーノやマリサ・ベレンソンなど当代の美女をあっさりと後ろに従えてしまうその容貌、雰囲気は今観ても、ずば抜けている。

マーラー交響曲第5番。これがもう一つの主役である。
マーラーが年下の恋人に向けて書いた、ラブレターのような交響曲
揺さぶるように激しく、静かに、第5番が流れる中、ベニスの運河を航行する船のシーンは、この映画の一番印象的なところだ。

ホテルのロビーに飾られた西洋アジサイの豪華で退廃的な美しさ。
アッシェンバッハが見せるスノッブなしぐさ。
外国から避暑にきた貴族たちは、あくまで優雅に美しく装い、天上界の住人のようだ。
しかし、皮1枚めくると、そこには南イタリアの爛熟した風や、巷の貧しい大道芸人の姿、享楽的な音楽が溢れる猥雑な顔を見せる。

避暑客たちが去った死の町ベニス。そこをさ迷うアッシェンバッハの姿は残酷なほど老醜の哀れをさそう。
ラストシーン、砂浜に立って彼方を指し示すタジオのシルエット、それを見つめ微笑む老作曲家。
死の間際に彼が見たものは、ミューズが示す究極の美だったのだろうか。



何回も観て頭の中には、様々なカットが刻み込まれているはずなのに、観るたびに相貌を変えて新たな感動を呼び起こされる映画である。