小沢一郎 気迫の演説
ひさしぶりの時事ネタ記事です。
当時、幹事長として権勢を欲しいままにしていた小沢氏は「総理になんかいつでもなれる」とうそぶいておりました。
1991年、宮沢氏を自分の執務室に呼びつけ、総理総裁にふさわしいか面接をしたのです。
1991年、宮沢氏を自分の執務室に呼びつけ、総理総裁にふさわしいか面接をしたのです。
その頃の小沢氏の映像は、気分が悪くなるほど傲慢で「悪役商会」に入れたいくらいの悪党面をしていました。しかし、宮沢政権が倒れ、細川政権の立役者になってからの小沢氏は、結党、解党、連立など離合集散を繰り返し、徐々に権力から遠ざかってしまいました。
そして今回の代表戦はかれの人生最後の勝負の時と決めたのでしょう。
演説が下手で定評のある小沢氏が、なかなか聴かせる気迫のこもった演説をしたのです。
演説が下手で定評のある小沢氏が、なかなか聴かせる気迫のこもった演説をしたのです。
「変わらずに生き残るために変わらないとならない。ウィ マスト チェンジ トゥー リメイン ザ セイム」
イタリア統一戦争を描いた映画「山猫」で以前から好んで引用するバート・ランカスターのせりふを小沢氏は引き合いに出し「私自身がまず変わる」と演説で訴えました。
イタリア統一戦争を描いた映画「山猫」で以前から好んで引用するバート・ランカスターのせりふを小沢氏は引き合いに出し「私自身がまず変わる」と演説で訴えました。
ぼんやり演説を聴いていた私も、オッと膝を乗り出して聴きはじめてしまいました。
自分の信念を訴えたい、これが自分の最後のチャンス、そんな気持ちの入った演説でした。
小泉総理の最近の言葉は、力を失っていましたが、アピールと言う面でも自民党は危機をむかえたのではないかなあと思いました。
一時の変身でなく、本気の改革をやる気概でがんばっていただきたいですね。